没後100年を迎えたクロード・モネは、自然光や大気の移ろいを生涯にわたって追い続けた印象派の画家です。アーティゾン美術館で開催中の「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」は、フランス・オルセー美術館の全面協力のもと、初期から晩年までの画業を約140点の作品でたどります。
本展は当初、2020年7月の開催が予定されていましたが、コロナ禍の影響により延期となり、5年余を経て待望の開幕を迎えました。風景を描くことを通して、モネが問い続けた視覚と時間の問題に迫ります。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場入口
クロード・モネは当初、人物画を志していましたが、1850年代末から1860年代初頭にかけて、風景画へと本格的に向かいます。その転機となったのが、1857年に出会ったウジェーヌ・ブーダンでした。
さらに、ヨハン・ヨンキントやコンスタン・トロワイヨンらバルビゾン派の画家たちの影響を受け、身近な自然を描く表現を深めていきます。こうした流れの中で、風景画は近代絵画における重要なジャンルとして位置づけられていきました。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より (左から)コンスタン・トロワイヨン《牧場、曇り空》1856-60年 オルセー美術館 / ウジェーヌ・ブーダン《洗濯女のいる風景》1873年 カーン美術館(オルセー美術館からの寄託)
雪は、モネにとって重要なモティーフのひとつでした。19世紀フランスにおいて雪は日常的な存在であり、厳しい冬の記憶は多くの画家たちの風景表現に影響を与えています。モネは雪を象徴的に誇張するのではなく、身近な自然の一部として捉えました。
1868-69年の《かささぎ》では、淡い青や紫、影の表現によって、雪のもつ繊細な色彩が描き出されています。本作は修復を経て、本展で初公開となります。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より (左手前)クロード・モネ《かささぎ》1868-69年 オルセー美術館
1871年末から1878年初めにかけて、モネはパリ近郊のアルジャントゥイユを拠点に制作しました。セーヌ川沿いの街とその周辺は、モネにとって創作の中心地となり、近代化が進む都市と自然が交差する風景が数多く描かれます。
工場の煙突や鉄道、水辺で過ごす人々、家族との日常など、近代生活の断片が穏やかなまなざしで画面に定着されています。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より (右手前)クロード・モネ《昼食》1873年頃 オルセー美術館
1878年から1881年にかけて、モネはセーヌ川沿いの小村ヴェトゥイユで暮らしました。経済的困難や妻カミーユの病など、不安定な生活のなかでも、モネは川や果樹園、季節の変化を繰り返し描きます。
自然を光や気象の移ろいとして捉える視点は、この時期にさらに深まり、後の連作へとつながっていきました。妻を失った1879年以降の作品には、個人的な喪失の感情も静かに刻まれています。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より (左から)クロード・モネ《ヴェトゥイユのセーヌ川》1879-80年 オルセー美術館 / クロード・モネ《ポール=ヴィレのセーヌ川》1890年頃 オルセー美術館
1880年代、モネは各地を旅しながら制作を続けました。フランス各地に加え、イタリア沿岸やオランダを訪れ、その土地ならではの光と季節の表情を探ります。
とりわけノルマンディーのエトルタでは、断崖や海の景観を繰り返し描き、刻々と変化する大気の表現を追求しました。これらの作品によって、モネは光と空気を描く風景画家として評価を高めていきます。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より (左から)クロード・モネ《税関吏の小屋、午後の効果》1882年 ドゥアーヌ美術館(オルセー美術館からの寄託) / ウジェーヌ・ブーダン《エトルタ、アモンの断崖》1896年 オルセー美術館
1886年の《戸外の人物習作 ─ 日傘を持つ右向きの女》は、本展のメインビジュアルとして紹介されています。風に揺れるドレスや日傘の影、空と雲の動きが一体となり、人物は自然の中に溶け込むように描かれています。
モネはここでも、人物そのものよりも、戸外の光と大気が生み出す効果に焦点を当てています。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より クロード・モネ《戸外の人物習作 ─ 日傘を持つ右向きの女》1886年 オルセー美術館
ジヴェルニーに定住したモネは、自宅の庭に水の庭を造り、睡蓮を主要なモティーフとして見出しました。1890年代後半から描かれる睡蓮の池は、絵画のために自然を整える試みであり、制作と風景が一体となった場でした。
1900年以降、睡蓮は晩年の制作の中心となり、水面の反映によって空間の手がかりが曖昧化され、時間や意識を感じさせる表現へと展開していきます。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より (右手前)クロード・モネ《睡蓮、柳の反影》1916-19年 北九州市立美術館
展覧会の終章では、現代作家アンジュ・レッチアによる映像作品が展示されています。モネの睡蓮の池を着想源に、「水と反射の風景」をテーマとした没入型映像が空間全体に広がります。
モネ自身やその住まい、睡蓮のイメージが重なり合い、静止した絵画とは異なるかたちで、風景の感覚が呼び起こされます。本作は日本初公開です。

アーティゾン美術館「モネ没後100年 クロード・モネ ─ 風景への問いかけ」会場より アンジュ・レッチア《(D’) après Monet(モネに倣って)》2020年
モネの作品を時代順に追うだけでなく、風景を見るという行為そのものを問い直す展覧会。自然、時間、視覚への探究を重ねたモネの歩みを、現代の視点から捉え直すことで、風景画の可能性がいまなお開かれていることを実感させてくれます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年2月6日 ]