茶の湯における懐石は、単なる食事ではなく、茶事全体の流れを整える重要な役割を担います。用いられる器もまた、もてなしの趣向や美意識を映し出す要素として重視されてきました。
静嘉堂文庫美術館で開催中の「美を味わう ― 懐石のうつわと茶の湯」では、陶磁器や漆器、ガラスなど多様な器を紹介します。料理とともに構成される美のあり方を示し、懐石の器に焦点を当てた展覧会です。

静嘉堂文庫美術館「美を味わう ― 懐石のうつわと茶の湯」ホワイエ
展覧会は第1章「懐石の流れ」から始まります。懐石は抹茶に先立って供される料理で、その語は禅僧の修行に由来するとされます。わび茶の流行を経て一汁三菜が理想とされ、江戸時代末期には現在に近い形式が成立しました。
《祥瑞唐子唐草文向付》は、明末に景徳鎮で焼成された祥瑞染付の一例です。型押しによる稜花形の皿に、唐子が戯れる文様が描かれています。濃い呉須で描かれた装飾と余白の対比が特徴で、注文品としての性格を伝えています。

《祥瑞唐子唐草文向付》景徳鎮窯 明時代(17世紀前半)
《伊羅保徳利》は、伊羅保茶碗に似た肌合いをもつ鶴首徳利です。粗い素地に釉が掛かり、黄褐色の表情を見せます。ざらついた質感と簡潔な造形が対照をなし、当時の注文品の可能性も指摘されます。
《染付山水花蝶文三つ組盃》は、入れ子構造の組盃です。大中小それぞれに異なる文様が描かれ、底裏に「美玉」の銘を記します。南京染付に属する作例で、江戸時代の酒器としての用途と形式を伝えています。

《伊羅保徳利》朝鮮時代(17世紀) / 《染付山水花蝶文三つ組葢》景徳鎮窯 明~清時代(17世紀)
第2章「懐石道具の華、『向付』のさまざま」では、向付の多様な姿を紹介します。向付は最初の菜を盛る器。食後も取り皿として用いられ、客の目に触れ続けるため、意匠や季節感を託す重要な器とされます。
《祥瑞松竹梅文袖形向付》は、江戸初期に流行した「誰袖屏風」や「誰袖匂袋」などに着想を得たと思われる、ユニークな形状。鮮やかな呉須と精緻な文様が特徴です。

《祥瑞松竹梅文袖形向付》景徳鎮窯 明時代(17世紀前半)
《黄楽百合形向付》は、樂家4代・一入による作品です。百合の花を模した形に、温かみのある黄釉が施されています。花弁の先に見られる色の変化が造形に表情を与え、他産地の類例とも比較されます。

《黄楽百合形向付》樂一入 江戸時代(17世紀後半)
第3章「茶事を彩る懐石のうつわ」では、鉢や皿、酒器など多様な器を紹介。焼物鉢や香物鉢などの用途に応じ、器は料理とともに茶事の進行を支えます。
《金襴手雲龍文銚子》は、中国陶磁風の装飾を取り入れた酒器です。赤地に金彩で文様を施し、精緻な彫り込みが加えられています。永樂和全の作で、写しの技術と装飾性が結びついた作品といえます。

《金襴手雲龍文銚子》永樂和全 江戸~明治時代(19世紀)
銘々盆は、菓子を供する際に用いられる組物の盆で、客ごとに一枚ずつ出される器です。《溜塗紅葉張交銘々盆》は、表千家の茶室不審庵をはじめ各地で採取された紅葉を張り込んだもので、季節の趣向を強く意識した作例です。
鉋目を残した木胎に紅葉を置き、和紙を重ねて溜塗で仕上げています。裏面には採取地が記され、旅と収集を背景とした制作のあり方を示しています。

《溜塗紅葉張交銘々盆》飛来一閑 明治時代(19世紀後半~20世紀前半)
第4章「懐石から茶へ ─ 千利休と秀吉ゆかりの茶道具」では、初座から後座へ移る茶事の流れが扱われます。ここでは後座の茶席を再現し、利休と秀吉にゆかりの茶道具を紹介します。
《青磁鯱耳花入》は、千利休旧蔵と伝わる青磁花入です。胴のヒビは漆と鎹で補修され、景色として取り込まれています。砧青磁と呼ばれる色調と、名の由来となる「響き」の解釈が重ねられています。

《青磁鯱耳花入》龍泉窯 南宋時代(13世紀)
展示はホワイエにも続きます。《花卉文切子皿》は浅いカットと深い彫りを組み合わせた作品です。一方《赤被せ切子皿》は色被せ技法によるもので、蜘蛛の巣文が精緻に表されています。
いずれも明治以降に発展した切子の技術を示し、近代的装飾の特徴を備えています。岩﨑家に伝来した同一箱の一群とみられ、収集の背景も示唆されます。

(左から)《赤被せ切子皿》大正~昭和期(20世紀前半) / 《花卉文切子皿》大正~昭和期(20世紀前半)
器と料理、そして茶の関係を通じて、茶の湯における美のあり方を具体的に示した本展。静嘉堂文庫美術館で懐石の器を中心とした展覧会が開催されるのは初めての機会です。
懐石という実践を通して、手に取る美のかたちをあらためて捉え直す機会となりそうです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年4月6日 ]