初代・前田利家が北陸に領地を得て以来、百万石以上の規模を誇る大名家として栄華を誇った加賀前田家。政治・軍事のみならず、文化の面でも大きな足跡を残しました。
前田育徳会創立百周年を記念して開催される特別展「百万石!加賀前田家」は、伝来の文化財を通してその歴史と美意識をたどる展覧会。甲冑や刀剣、工芸、書物など多彩な資料が並び、大名家としての歩みとともに、加賀の地で育まれた文化の厚みが立体的に浮かび上がります。

東京国立博物館「百万石!加賀前田家」会場入口
展覧会冒頭で来場者を迎えるのは、ひときわ存在感を放つ甲冑です。前田家初代・利家所用と伝わる具足で、展覧会の象徴的存在ともいえる作品です。
金と白を基調とした華やかな配色と、鳥帽子形の兜を組み合わせた大胆な造形は、戦場において視覚的な威厳を示すと同時に、武具に込められた美意識を体現しています。

重要文化財《金小札白糸素懸威胴丸具足 前田利家所用》安土桃山時代・16世紀 前田育徳会
続く展示では、歴代当主ゆかりの甲冑や陣羽織が並び、前田家の系譜が視覚的にたどられます。装束の意匠や構造には、時代ごとの権威と趣向が反映されています。
初代利家から14代にわたる当主たちは、加賀藩という巨大な領国を統治しながら、京都・大坂の文化を積極的に取り入れ、独自の文化基盤を築いていきました。

第1章「加賀前田家歴代」

第1章「加賀前田家歴代」
第2章では、外様大名として特異な立場にあった前田家が、文化によってその存在を示していった過程に焦点が当てられます。3代・利常は古筆や名画、舶来品を蒐集。その流れは5代・綱紀の時代に結実し、豊かな財力が書画や工芸へと注ぎ込まれました。
《一遍聖絵》は、時宗の祖・一遍の生涯を描いた絵巻です。繊細な線描による表現は高く評価され、前田家が早くからこうした優品を収蔵していたことがうかがえます。

重要文化財《一遍聖絵》南北朝時代・14世紀 前田育徳会
ベルギー・ブリュッセルで制作されたタペストリー《アエネアス物語図毛綴壁掛》は、トロイア戦争の英雄アエネアスの物語を主題とする大型作品です。絵画的な場面を織物で表現したもので、城館の室内装飾として用いられました。
長く使用されず保管されていたため、色彩や細部の状態が良好に保たれています。制作から400年以上を経てなお当初の姿を伝える点でも貴重で、近年の修復を経て本展で公開されています。

重要文化財《アエネアス物語図毛綴壁掛》ニカシウス・アエルツ作 ベルギー・16~17世紀 前田育徳会
前田家伝来の刀剣は、質・量ともに国内有数のコレクションとして知られています。とりわけ5代・綱紀の時代に体系的な整理が行われ、「御重器」として位置づけられました。
国宝《大典太》はその代表例で、豊臣秀吉から利家へ下賜された名刀です。幅広で反りの強い姿に、静謐さと剛健さが同居する造形が際立ちます。

国宝《太刀 銘 光世作(名物 大典太)》三池光世 平安時代・12世紀 前田育徳会
第3章では、前田家の茶の湯が取り上げられます。利家・利長は千利休と関係を持ち、数寄者として知られました。その後も小堀遠州の影響を受けながら、加賀の地に茶の文化が根づいていきます。
小ぶりながら釉の景色に富み、強い存在感を放つのは重要文化財《唐物茄子茶入 銘 富士》。足利将軍家から豊臣秀吉を経て前田家に伝わった名品で、茶道具が単なる器物にとどまらず、権威や文化の象徴として扱われてきたことがよくわかります。

重要文化財《大名物 唐物茄子茶入 銘 富士 附 茶杓》茶杓:千利休作 茶入:南宋時代、13世紀 茶杓:安土桃山時代、16世紀 前田育徳会
第4章では、5代・綱紀による書物蒐集の事業が紹介されます。その蔵書は「天下の書府」と称されるほどでした。書物を集め、書写し、体系化するという営みは、知の集積としての文化事業の核心をなしています。
国宝《東寺百合文書》は、約2万5千点に及ぶ中世文書群です。政治・経済・宗教に関わる記録が網羅され、極めて高い史料価値を持ちます。綱紀が保存箱を寄進したことで良好な状態が保たれ、現在まで伝えられてきました。

国宝《東寺百谷文書》京都府立京都学・歴彩館
第5章では、近代以降の前田家のコレクションに焦点が当てられます。侯爵家となったのちも、美術工芸品の蒐集と整理が継続されました。16代・利為は、伝来品の保存とともに新たな作品の収集にも力を注ぎ、その成果は現在の前田育徳会へと引き継がれています。
フランソワ・ポンポンによる《シロクマ》《バン》は、利為が直接注文した作品です。簡潔な形態に生命感を宿す彫刻で、近代彫刻の一端を示します。武家の伝統と西洋美術への関心が交差するこれらの作品は、前田家の文化的視野の広がりを象徴しています。

(左から)《シロクマ》フランソワ・ポンポン作 1930年 前田育徳会 / 《バン》フランソワ・ポンポン作 1930年 前田育徳会
文化の形成と継承の過程として、加賀前田家の歴史を捉え直す本展。武具から書物、茶の湯、近代彫刻に至るまで、その関心は時代ごとに形を変えながら連続しています。
まとまって公開されることの少ない伝来品を通して、前田家が築いた文化の厚みと、その持続のかたちを感じてください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年4月13日 ]