出光真子(1940-)は、日本における実験映画やビデオアートの先駆者として知られる映像作家です。女性の生き方や家族、メディアと社会の関係をテーマに、半世紀以上にわたって独自の映像表現を追求してきました。
東京都写真美術館が所蔵する作品を中心に、初期の実験映画から代表的なビデオ作品、インスタレーションまで創作の軌跡をたどる大規模展が、同館で開催中です。
出光は、出光興産創業者・出光佐三の四女として生まれました。大学卒業後に渡米し、アメリカの抽象画家サム・フランシスと結婚。二児の母となります。家庭生活を送りながらも創作への思いを捨てきれず、映像作家として活動を開始しました。妻や母としての経験を出発点に、女性の自己表現や家族関係、社会との摩擦を問い続けてきたことが、出光作品の大きな特徴です。

東京都写真美術館「出光真子 おんなのさくひん ――ある映像作家の自伝」会場
展覧会は大きく「フイルム」「ビデオ」「インスタレーション」で構成されています。
「フイルム」では、出光がアメリカで子育てをしながら映像制作を始めた時代からの作品を紹介します。英語と日本語の狭間で揺れ、自らの表現手段を模索するなかで8ミリ、そして16ミリフィルムに出会いました。実験映画作家ブルース・コナーからの影響も受けながら、日常の断片や無意識の感情を映像へと定着させていきます。
《At Santa Monica 1》は、そうした初期作品を代表する一本です。整形手術を受けた女性の姿にさまざまな映像効果を重ね、自己像や身体への視線を問いかけます。育児や家事の合間に撮影を重ねたという制作背景からも、出光の強い創作意欲が伝わってきます。

《At Santa Monica 1》1973年
《Baby Variation》では、肉や臓器、唇や薔薇といったイメージが次々と現れます。生々しく官能的な映像は、意識と無意識のあいだを漂う感情を可視化したものです。
ジャニス・ジョプリンの楽曲に乗せて展開する映像からは、初期出光作品の実験精神が感じられます。

《Baby Variation》1974年
「ビデオ」では、出光がビデオという新しいメディアと出会い、その可能性を広げていく過程を紹介します。長時間撮影や複数モニターの活用など、フィルムにはない特性を積極的に取り入れ、人間観察や社会への問いを作品へ反映していきました。
《おんなのさくひん》は、出光にとって最初のビデオ作品です。使用済みタンポンの映像と、「女のお子さんです」から始まる男性のナレーションが重ねられ、女性が社会から受ける規範や抑圧を浮かび上がらせます。

《おんなのさくひん》1973年
《主婦の一日》では、出光自身が出演し、繰り返される日常生活を記録します。家事や買い物を続ける主婦を、巨大な目の映像が監視するように見つめ続ける構成が印象的です。
モニターの入れ子構造は「マコスタイル」と呼ばれ、その後の作品にもしばしば登場します。

《主婦の一日》1977年
《英雄ちゃん、ママよ》は、家を出た息子への執着から抜け出せない母親を描いた作品です。VHSテープの中の息子と対話するような姿は滑稽でありながら切実でもあります。
家庭用ビデオが普及し始めた時代の空気も映し出しながら、親子関係のあり方を問いかけています。

《英雄ちゃん、ママよ》1983年
《清子の場合》は、画家を志しながら家事や育児に追われる女性の苦悩を描いた作品です。「主婦が持てるのは細切れの時間ばかり」という叫びは、出光自身の経験とも重なります。
自己表現への願いを閉ざされた女性の姿が痛切に描かれ、国内外で高い評価を受けました。

《清子の場合》1989年
「インスタレーション」では、複数のモニターやプロジェクターを用いて空間全体を作品化した試みを紹介します。1970年代から継続してきた映像表現は、やがて映像を見る体験そのものを問い直す空間表現へと発展していきました。
《Still Life》は、男性性と女性性を象徴するような巨大なオブジェに映像を投影した作品です。花びらや身体を思わせるモチーフが現れ、家や家庭のイメージとも重なります。映像と音響が一体となり、女性を取り巻く社会的な役割や葛藤を象徴的に表現しています。

《Still Life》1993-2000年
《Real? Motherhood》は、出光が長年問い続けてきた「母性」をテーマにした作品です。ガラス製のベビーベッドには、自身の家族写真と哲学者エリザベート・バダンテールの言葉が重ねられています。
生命の誕生を象徴するベビーベッドは同時に墓標のようにも見え、母性という観念そのものを問い直しています。

《Real? Motherhood》2000年
フィルム、ビデオ、インスタレーションと表現手法を変えながらも、出光真子が問い続けてきたのは、女性が社会のなかでどのように生き、自らを表現するのかという問題でした。
本展は、フィルム、ビデオ、インスタレーションへと展開した出光真子の創作の歩みをたどりながら、女性の生き方や家族、自己表現をめぐる問いがどのように深化していったのかを見つめる機会となっています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年6月 ]