明治維新によって西洋文化が流入すると、日本の街並みは大きく変化を始めます。その象徴となったのが洋風建築でした。伝統的な木造建築の技術を生かした擬洋風建築から、本格的な西洋建築まで、多様な試みが全国で展開されます。
東京都江戸東京博物館で開催中の「洋館 明治の夢と挑戦」では、文明開化の熱気のなかで誕生した洋館の数々を紹介。建築資料や図面、模型などを通して、日本人が西洋建築を学び、自らのものとしていった歩みをたどります。

江戸東京博物館「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景 会場入口
東京開市にともない築地居留地が開かれると、外国人の宿泊・交易施設として東京初の洋館とされる築地ホテル館が建設されました。設計にはアメリカ人技術者リチャード・パーキンス・ブリジェンスが関わり、施工は大工棟梁の二代清水喜助が担当しています。
興味深いのは、その外壁に使われたナマコ壁です。西洋建築を模しながらも、日本の伝統技術を取り入れた築地ホテル館は、文明開化の時代を象徴する存在でした。清水喜助はその後も第一国立銀行や駿河町三井組を手がけ、全国へ広がる擬洋風建築の流れを生み出していきます。

第1章 ナマコ壁と擬洋風建築 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景

第1章 ナマコ壁と擬洋風建築 《第一国立銀行 シャンデリア》江戸東京たてもの園(現・三井八郎衛門邸)
明治初期、日本各地では大工棟梁たちによる擬洋風建築が盛んに建てられていました。しかし政府はより本格的な西洋建築の導入を目指し、多くの「お雇い外国人」を招きます。
ブリジェンスやウォートルス、ボアンヴィル、カッペレッティ、コンドルら各国の建築家たちは、最新の建築技術とデザインを日本へ伝えました。彼らが手がけた建築は、それまでの街並みを大きく変え、近代都市・東京の新たな景観を形づくっていきます。

第2章 建築家がやってきた―外国人建築家と「都市風景」 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景

第2章 建築家がやってきた―外国人建築家と「都市風景」 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景
外国人建築家から学んだ日本人たちは、やがて自ら設計を担うようになります。その中心にいたのがジョサイア・コンドルと、その教え子たちでした。辰野金吾、片山東熊、佐立七次郎、曽禰達蔵らは、日本人初の建築家として近代建築の発展を支えます。
日本銀行本店本館や東京国立博物館表慶館、慶應義塾図書館旧館など、現在も残る名建築の数々はその成果です。ここではわずか半世紀前まで江戸時代だった日本が、本格的な西洋建築を生み出すまでになった歩みが紹介されています。

第3章 開花する洋館の明治―日本人建築家の挑戦 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景

第3章 開花する洋館の明治―日本人建築家の挑戦 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景
国家的な建築だけでなく、皇族や実業家の邸宅もまた、建築家たちにとって重要な仕事でした。ジョサイア・コンドルは有栖川宮邸や岩崎家深川別邸などを設計し、日本に本格的な西洋式住宅文化をもたらしました。
さらに辰野金吾の兜町渋沢邸や、片山東熊による東宮御所(現・迎賓館赤坂離宮)などは、明治建築を代表する邸宅です。多くの人々にとって憧れの存在だった洋館からは、近代国家を目指した明治人の夢と理想が見えてきます。

第4章 羨望の住処―明治の洋風邸宅 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景

第4章 羨望の住処―明治の洋風邸宅 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景
日本人が西洋建築を受け入れ、学び、そして独自の建築文化へと発展させていった過程をわかりやすくたどることができる展覧会です。
リニューアルされた常設展示にも、原寸大で再現された服部時計店(現・和光)をはじめ、明治から大正にかけての洋風建築が多数紹介されていますので、あわせてお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年6月22日 ]
※作品はすべて「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景