「用の美」を追求し、日本の近代陶芸に大きな足跡を残した河井寬次郎(1890~1966)。柳宗悦、濱田庄司とともに「民藝」という言葉を生み出してから、およそ100年が経ちました。
河井の没後60年を記念して静嘉堂@丸の内で開催される「民藝SHOCK!!」では、同館が所蔵する河井作品51件を初めて全件公開。初公開の2件を含め、「流し薬」「流し描」など多彩な技法を駆使した作品が並びます。

静嘉堂@丸の内「民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」会場入口
第1章「『彗星』出現 ― 寬次郎の大正時代」では、河井が陶芸界に登場した初期に注目します。
大正時代は、それまで広く知られていなかった中国や朝鮮の古陶磁が美術品として評価されはじめた時代です。河井もそれらを研究して作陶し、古陶磁研究者から「突如として陶界の一角に其の姿を現はした『彗星』」と評されました。

第1章「『彗星』出現 ― 寬次郎の大正時代」
《草花壺》は、肩に笹の葉形の耳をつけた小ぶりの壺。黒い鉄化粧の上に白化粧を掛け、胴の前後には黒泥で大振りの草花文が描かれています。
全体の意匠は、金~元代頃の鉄絵文様を施した耳付の壺をモデルにしたと考えられます。作品名も中国風の技法名などを用いず、文様と器種だけを示すシンプルなものです。

河井寬次郎《草花壺》大正14年(1925)頃 個人蔵
第2章は「『民藝』の衝撃 ─ 『李朝』のやきもの、英国のスリップウェアと『下手物』」。河井は大正10年(1921)、柳宗悦が開催した「朝鮮民族美術展覧会」で、朝鮮王朝時代の白磁などに強い衝撃を受けました。
さらに濱田庄司が英国から持ち帰ったスリップウェアなどにも刺激を受け、柳、濱田との交流を深めていきます。そして大正14年(1925)、3人の間から「民藝(民衆的工藝)」という言葉が生まれました。

第2章「『民藝』の衝撃 ─ 『李朝』のやきもの、英国のスリップウェアと『下手物』」
英国で庶民の日用雑器として使われていたスリップウェア。18世紀頃から盛んに生産されましたが、産業革命以降は衰退し、やがて忘れられていきました。その価値を再び見出したのが、バーナード・リーチや濱田庄司でした。
展示されている《スリップウェア角皿》は河井の旧蔵品です。鉄泥の化粧の上から白泥で描かれた、雷や雲を思わせるジグザグの文様が特徴。河井自身が何を見ていたのかを知ることができる資料でもあります。

(左から)《スリップウェア角皿》18~19世紀 イギリス 日本民藝館 / 《スリップウェア皿》18~19世紀 イギリス 日本民藝館
第3章「創造の源泉」では、河井作品と、よく似た造形的要素をもつ中国、朝鮮、日本のやきものを比較して展示します。
「民藝」との出会いによって作風を大きく変化させた河井ですが、その根底には中国・朝鮮陶磁の徹底した研究がありました。古いやきものから器形や文様、釉薬などを学び、それをそのまま写すのではなく、自らの造形へと展開していったことが見えてきます。

第3章「創造の源泉」
《紫紅瓜壺》は、胴を瓜形とした梅瓶風の壺。宋・元時代の中国陶磁に通じる器形に加え、青みを帯びた釉と紫紅斑には鈞窯からの影響が見られます。
《紅彩鉢》も、鈞窯の紫紅斑を意識した作品です。河井が参考にしたと考えられる中国陶磁と並べて見ることで、古陶磁から得た要素をどのように自作へ取り込んだのかが具体的に浮かび上がります。

(左から)河井寬次郎《紫紅瓜壺》昭和4年(1929)頃 / 《澱青釉紫紅斑双耳香炉》鈞窯 元時代(13~14世紀) / 河井寬次郎《紅彩鉢》昭和6年(1931)頃
《草花図壺》は、三方に円い窓を設け、その中に横に広がる草花文を描いた作品です。明るい灰褐色の素地に鉄絵具で下絵付し、円い窓の部分には赤と青緑色の上絵付が施されています。
その文様構成は、元代の磁州窯系陶器を翻案したものと考えられています。並べて展示された古陶磁と見比べることで、共通点と河井独自のアレンジの双方を楽しめます。

(左から)《白地鉄絵草花文壺》元時代(14世紀) 磁州窯系 / 河井寬次郎《草花図壺》昭和6年(1931)頃 / 《翡翠釉白地鉄絵龍鳳文壺》元時代(14世紀) 磁州窯系
《呉洲扁壺》は、朝鮮の扁壺から着想したと考えられる作品です。比較すると、河井の作品では丸みがより豊かになり、量感のある力強い造形へと変化していることが分かります。
淡い呉須を背景に、鉄釉による蛇の目文様を配置。柿色と黒が混ざり合う色調も印象的で、古陶磁を出発点としながら河井自身の表現へと展開していく過程がよく伝わります。

(左から)《鉄砂草文扁壺》朝鮮時代(17世紀) / 河井寬次郎《呉洲扁壺》昭和9年(1934)頃
第4章「岩崎小彌太と近代陶芸 ─ 邸宅と愛用の品々」では、静嘉堂のコレクションを築いた岩崎小彌太と、近代陶芸家との関わりに目を向けます。
中国古陶磁を体系的に収集した小彌太ですが、日常で使ったものには同時代の作家の作品も多くありました。熱海別邸で愛用した文房具や、麻布鳥居坂の邸宅を飾った施釉タイルなどから、近代陶芸を暮らしの中に取り入れていた様子がうかがえます。

第4章「岩崎小彌太と近代陶芸 ─ 邸宅と愛用の品々」
「民藝」の作家として知られる河井寬次郎ですが、その創作の源泉は中国や朝鮮、日本、そして英国のやきものまで多岐にわたります。
河井作品と古陶磁を見比べながら、さまざまな美を吸収し、自らの表現へと昇華していった歩みをたどることができる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年9月4日 ]