国宝《志野茶碗 銘 卯花墻》を筆頭に、唐物、高麗、和物、樂、永樂、そして三井家の当主らによる手造茶碗まで。三井記念美術館には、三井家から伝わった200件を超える茶碗が所蔵されています。
その中から100件を選りすぐった「館蔵の茶碗100撰―国宝から手造茶碗まで―」が開催。手のひらに収まる小さな器を通して、300年以上にわたる三井家と茶の湯との深い関わりをたどります。館蔵品による茶碗展は1995年以来、約30年ぶりです。

三井記念美術館「館蔵の茶碗100撰―国宝から手造茶碗まで―」会場
まず紹介されているのは、重要文化財をはじめとする館を代表する名碗です。
中国・江西省の吉州窯で焼かれた《玳皮盞(鸞天目)》は、釉の景色が鼈甲に似ていることから名付けられた天目。見込の鳥を想像上の瑞鳥「鸞」に見立て、「鸞天目」とも呼ばれています。
小堀遠州から土屋家、朽木家、赤星家、益田家を経て三井家へ。名だたる茶人や数寄者の手を渡ってきた伝来も、この茶碗の大きな魅力です。

重要文化財・中興名物《玳皮盞(鸞天目)》南宋時代・12~13世紀 三井記念美術館蔵
《大井戸茶碗 銘 須弥(別銘十文字)》は、古田織部が所持したと伝わる茶碗です。もとは大きく歪んでいたものを、織部が十文字に割って小さくしたという逸話が残されています。
後に大徳寺の天祐紹杲によって「須弥」と改銘。茶碗を割り、つなぎ直すことで新たな美を生み出す、大胆な織部の美意識を象徴する一碗です。

《大井戸茶碗 銘 須弥(別銘十文字)》朝鮮時代・16世紀 三井記念美術館蔵
重要文化財・大名物《粉引茶碗 三好粉引》は、戦国武将の三好長慶が所持したと伝わることから「三好粉引」と呼ばれています。
朝鮮半島で焼かれた粉青沙器の一種で、器の表面を白泥と透明釉で覆ったもの。胴の中央にある、釉が掛からなかった笹の葉状の「火間」が、この茶碗を特徴づけています。

重要文化財・大名物《粉引茶碗 三好粉引》朝鮮時代・16世紀 三井記念美術館蔵
千利休所持と伝わる名物《古三島茶碗 二徳三島》。天正7年(1579)の利休の茶会に記録された「こゆミ茶碗」が、この茶碗と考えられています。
江戸時代から北三井家に伝わり、幕末には若狭の酒井家へ譲られましたが、大正12年(1923)の売立で三井家が買い戻しました。一度手を離れた名碗を再び迎えたという伝来も興味深いところです。

名物《古三島茶碗 二徳三島》朝鮮時代・15~16世紀 三井記念美術館蔵
千利休(1522~1591)の創意によって生まれた長次郎の樂茶碗。当初は静かな作行きでしたが、利休晩年には箆削りによる歪みが加えられるようになります。
重要文化財《黒樂茶碗 銘 俊寛》は、そのなかでも作意が強く表れた一碗。口辺を内側に抱え込み、見込には丸い茶だまりを削り出すなど、長次郎の造形への意識が随所に感じられます。

重要文化財《黒樂茶碗 銘 俊寛》樂長次郎作 桃山時代・16世紀 三井記念美術館蔵
そして、館蔵茶碗を代表する存在が、国宝《志野茶碗 銘 卯花墻》。国宝に指定されている和物茶碗2碗のうちの1碗です。
美濃の牟田洞窯で焼かれ、半筒形を撫三角形に歪め、胴には鉄絵で垣根文様を描いています。その景色を「卯の花垣」に見立てた和歌から「卯花墻」の銘が付けられました。

国宝《志野茶碗 銘 卯花墻》桃山時代・16~17世紀 三井記念美術館蔵
続いては、唐物茶碗、高麗茶碗、和物茶碗をほぼ時代順に紹介。産地や時代によって異なる茶碗の表情を見渡すことができます。
高麗茶碗の《斗々屋茶碗 銘 かすみ》は、本手斗々屋のなかでも小振りで珍しい一碗。大振りの高台には粗い縮緬状の箆跡が残り、力強い印象です。
一方、薄く掛かった釉は淡い枇杷色で、一部が青く変化し、霞を見るような景色に。荒々しい高台との対比が魅力です。

《斗々屋茶碗 銘 かすみ》朝鮮時代・16世紀 三井記念美術館蔵
同じく高麗茶碗の《御所丸茶碗(黒刷毛)》は、口が歪んだ沓形の茶碗。胴裾や高台側面には面取り箆が施され、黒釉の刷毛目や掛け分けには、織部好みの茶碗にも通じる作意が感じられます。
朝鮮で日本向けに焼かれたと考えられる一碗。「御所丸」の名は、朝鮮王朝との交易船によってもたらされたことに由来するとされています。

《御所丸茶碗(黒刷毛)》朝鮮時代・17世紀 三井記念美術館蔵
千利休の美意識をもとに長次郎が茶碗を焼いて以来、代々続いてきた樂家。三井家にも、その歴史との関わりを物語る茶碗が伝わっています。
樂家三代道入による《赤樂茶碗 銘 再来》は、三井越後屋の創業者・三井高利が所持した一碗。松坂時代に一族が集まる席で濃茶を点てる際に使ったと伝えられ、高利の茶道具として唯一伝わったものです。

《赤樂茶碗 銘 再来》三井高利所持 樂道入作 江戸時代・17世紀 三井記念美術館蔵
《金襴手四ツ目結紋天目》は、弘化4年(1847)、北三井家七代高就の還暦祝いに、永樂家十一代保全から贈られた重茶碗です。
上の天目には三井家の家紋である四ツ目結紋と桐紋を金で表現。見込にも赤地に金彩で文様が描かれ、三井家と京焼の名工との交流を伝えます。

《金襴手四ツ目結紋天目》「陶鈞」在印 永樂保全作 江戸時代・弘化4年(1847) 三井記念美術館蔵
今回の展覧会では、専門の陶工ではなく、三井家の人々自身がつくった手造茶碗も紹介されてます。
《青樂茶碗 彫銘「七十三翁宗竺造」》は、北三井家二代高平が73歳で制作したもの。三井越後屋の発展を支えた高平は、隠居後に茶の湯を嗜み、茶碗や竹花入などを自作しました。三井家に伝わる手造茶碗では最も古い作品です。

《青樂茶碗 彫銘「七十三翁宗竺造」》三井高平作 江戸時代・享保10年(1725) 三井記念美術館蔵
展示室の出口には、気に入った茶碗にシールを貼って投票するホワイトボードも設置されています。100件を見終えたところで、自分ならどの一碗を選ぶか考えてみるのも楽しみです。
小さな茶碗に凝縮された造形の美と、それを愛し、受け継いできた人々の物語を楽しめる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年9月11日 ]