実業家として阪急電鉄や阪急百貨店、東宝などの礎を築き、宝塚歌劇の創設にも関わった小林一三(1873~1957)。一方で「逸翁」の雅号を持つ近代数寄者として、美術や茶の湯にも深く親しみました。
大阪・池田市の逸翁美術館には、一三が集めた古筆、絵画、工芸、茶道具など約5,500件が収蔵されています。サントリー美術館で開催される「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」では、その中から選りすぐりの作品を紹介します。

サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場入口
第1章「古筆と経巻」では、一三が収集した古筆切や経典を紹介します。古筆切とは、和歌などを記した巻物や書物から一部を切り離した断簡のこと。美しい仮名文字と華麗な料紙装飾が響き合う、平安時代の洗練された美意識を伝えます。
コレクションには古筆だけでなく、《楞伽経 巻第二》(展示期間:10月14日~)や《目無経》、《十巻抄》(いずれも重要文化財)などの経典も含まれています。書そのものの美しさに向けられた、一三の幅広いまなざしがうかがえます。

第1章「古筆と経巻」
《石山切 伊勢集「ぬきためて」》は、かつて摂津・石山の本願寺に伝来した歌集の断簡です。昭和4年(1929)に分割された『伊勢集』と『貫之集 下』の断簡は、「石山切」と呼ばれています。
本作では、破り継ぎを施した華麗な料紙に、紅葉や飛鳥を散らしています。流麗な仮名と装飾が一体となり、平安時代の雅やかな美意識を伝えています。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より (左手前)《石山切 伊勢集「ぬきためて」》伝 藤原公任 平安時代 12世紀[展示期間:10月12日まで]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/223d5bf2d0f2.jpg)
(左手前)《石山切 伊勢集「ぬきためて」》伝 藤原公任 平安時代 12世紀[展示期間:10月12日まで]
第2章「中世・近世の絵画と工芸」では、一三の関心が古筆にとどまらず、中世から近世の絵画や工芸へ広がっていたことが分かります。
物語絵や肖像画、風俗を描いた屏風や絵巻に加え、中国漆器や南蛮漆器なども収集。時代やジャンルを横断して美を求めた、一三のコレクションの幅広さが見えてきます。

第2章「中世・近世の絵画と工芸」
重要文化財《芦引絵 巻第一》は、比叡山の僧侶と東大寺の稚児の恋愛物語を描いた絵巻です。この物語は貴族の間で広く親しまれ、室町時代には比叡山で5巻の「芦引絵」が制作されました。
その絵巻を後花園天皇も自ら模写したと伝わりますが、いずれも現存していません。本作は、それらをさらに写した作例として貴重な作品です。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より (左手前)重要文化財《芦引絵 巻第一》(部分)室町時代 15世紀[会期中、場面替えあり]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/0a8c5e34bfa6.jpg)
(右手前)重要文化財《芦引絵 巻第一》(部分)室町時代 15世紀[会期中、場面替えあり]
重要文化財《豊臣秀吉画像》は、豊臣秀吉(1536~1598)の肖像画の下絵。顔を中心に別紙が貼られ、下辺に残る書き込みから、複数の下絵のなかで最も似た一枚として選ばれたと考えられています。
筆者は狩野永徳の長男・光信。秀吉の没後に数多く制作された「豊国大明神」画像も本作をもとにしたとみられ、現在まで広く知られる秀吉像の原点ともいえる作品です。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より (右手前)重要文化財《豊臣秀吉画像》狩野光信 桃山時代 16世紀[展示期間:10月12日まで]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/3cf106f2834e.jpg)
(右手前)重要文化財《豊臣秀吉画像》狩野光信 桃山時代 16世紀[展示期間:10月12日まで]
第3章「蕪村と呉春 近世諸派の絵画」は、逸翁美術館のコレクションを代表する作品が並ぶ一角です。
与謝蕪村(1716~1783)と、その弟子である呉春(1752~1811)を中心に、円山応挙、長沢芦雪、松村景文、谷文晁、森狙仙などを紹介。江戸絵画の多彩な展開を楽しめます。

第3章「蕪村と呉春 近世諸派の絵画」
重要文化財《奥の細道画巻》は、蕪村が敬愛した松尾芭蕉の紀行文『おくのほそ道』の全文を書写し、15の場面を描いた二巻の画巻です。若い頃に北関東から東北を旅し、芭蕉らの足跡をたどった蕪村ならではの作品です。
文字は数行ごとに表情を変え、挿絵では人物を簡略ながら味わい深く描写。書と絵が一体となった、蕪村の俳画の集大成ともいえる作品です。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より 重要文化財《奥の細道画巻》二巻のうち上巻(部分)与謝蕪村 安永8年(1779)[会期中、場面替えをしながら全巻展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/d335d8b0ad27.jpg)
重要文化財《奥の細道画巻》二巻のうち上巻(部分)与謝蕪村 安永8年(1779)[会期中、場面替えをしながら全巻展示]
重要文化財《白梅図屛風》は、呉春を代表する作品です。浅葱色の画面を背景に、右隻には枝を大きく広げた梅、左隻には2本の梅を描いています。
蕪村の没後、円山応挙のもとで画作を行った呉春。梅の枝には応挙の影響が見られる一方、夜を思わせる静かな画面からは、蕪村の辞世「白梅に明くる夜ばかりとなりにけり」も想起されます。師への思いも重なるような作品です。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より 重要文化財《白梅図屛風》呉春 江戸時代 18世紀[通期展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/dd023f7ed11e.jpg)
重要文化財《白梅図屛風》呉春 江戸時代 18世紀[通期展示]
第4章「逸翁の茶道具」では、近代数寄者としての一三の姿に注目します。収集した茶入、茶碗、花入、水指などを茶会で実際に使い、道具の取り合わせを楽しみました。
一方で、伝統にはとらわれず、椅子席の茶室を設け、西洋の陶磁器やガラス器を茶器に見立てることも。懐石に丼ものや洋食を取り入れるなど、独自の茶の湯を実践しました。

第4章「逸翁の茶道具」
《五彩蓮華文呼継茶碗 逸翁銘「家光公」》は、割れた茶碗の破片を「呼継」によってつなぎ合わせた一碗です。
一三はその巧みな継ぎ方に感心し、江戸幕府の三代将軍をうまく「継いだ」徳川家光になぞらえて「家光公」と命名。道具に洒落を効かせる、一三らしい感覚が表れています。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より 《五彩蓮華文呼継茶碗 逸翁銘「家光公」》元時代 13世紀[通期展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/d330d73888e2.jpg)
(手前)《五彩蓮華文呼継茶碗 逸翁銘「家光公」》元時代 13世紀[通期展示]
中国・景徳鎮窯の《古染付葡萄文水指》は、器の内外に、たわわに実った葡萄の房がのびやかな筆致で描かれています。
旧蔵者は陶芸家で美食家としても知られる北大路魯山人(1883~1959)。自ら精巧な写しをつくるほど愛玩した品で、一三は魯山人とも親交を結んでいました。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より (左手前)《古染付葡萄文水指》中国 景徳鎮窯 明時代 17世紀[通期展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/819fa303b852.jpg)
(左手前)《古染付葡萄文水指》中国 景徳鎮窯 明時代 17世紀[通期展示]
第5章「近代芸術家と逸翁」では、一三と同時代の芸術家たちとの交流に目を向けます。過去の名品だけでなく、新しい表現にも積極的に目を向けていたことが分かります。
鈴木華邨や三砂良哉をはじめ、北大路魯山人、河井寬次郎、与謝野晶子など、交流した芸術家は多彩。作品とともに、一三の幅広い人的ネットワークも浮かび上がります。

第5章「近代芸術家と逸翁」
三砂良哉による《黒地歌劇雛祭楽譜蒔絵棗 逸翁好》は、宝塚歌劇と茶の湯という、一三の二つの顔が重なるユニークな茶道具です。
身と蓋の合わせには、一三が手がけた宝塚歌劇「雛祭」の劇中歌「色づくし」の楽譜を金蒔絵で表現。昭和8年(1933)の宝塚歌劇20周年を記念した茶会のため、良哉と相談を重ねてつくられました。
![サントリー美術館「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」会場より (左手前)《黒地歌劇雛祭楽譜蒔絵棗 逸翁好》三砂良哉 昭和8年(1933)[通期展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2026/09/17/b695b0989413.jpg)
(左手前)《黒地歌劇雛祭楽譜蒔絵棗 逸翁好》三砂良哉 昭和8年(1933)[通期展示]
吹き抜けでは、第6章「明治・大正・昭和 逸翁・小林一三の生涯」と題して、一三の足跡も紹介されています。
阪急電鉄、阪急百貨店、宝塚歌劇、東宝などに関わった実業家であり、政治家、そして数寄者でもあった一三。多彩な活動を振り返ることで、美術品を集めるに至った背景や、その審美眼が育まれた環境も見えてきます。

「明治・大正・昭和 逸翁・小林一三の生涯」
今回の展覧会には、逸翁美術館とサントリー美術館を結ぶ、もうひとつの縁があります。小林一三の次女・春子と、サントリー創業者・鳥井信治郎の長男・吉太郎が結婚したことで、小林家と鳥井家は親族となりました。
昭和36年(1961)に東京・丸の内で開館したサントリー美術館では、佐治敬三が初代館長を務めました。その設立には、一三が掲げた「一都市一美術館」の構想も少なからず影響したと考えられています。逸翁のコレクションを、ゆかりあるサントリー美術館で楽しめる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年9月15日 ]