108人の豪傑が梁山泊に集い、「義」を掲げて腐敗した権力に立ち向かう中国の物語『水滸伝』。日本にも伝わり、浮世絵や文学などに大きな影響を与えてきました。
東京ステーションギャラリーで開催されている「水滸伝」では、北宋時代の中国美術から明時代の版本、江戸時代の浮世絵、さらに漫画や現代美術までを紹介。歌川国芳による豪傑たちの錦絵をはじめ、『水滸伝』が約900年にわたり広がり、変化してきた歩みをたどります。

東京ステーションギャラリー「水滸伝」会場入口 インバウンドにも大人気。多くの観光客が写真を撮っていました
第1章「梁山泊へようこそ」では、まず『水滸伝』の世界と、そこに登場する個性豊かな豪傑たちを紹介します。物語の舞台は北宋時代。百八の魔星の生まれ変わりである豪傑たちが梁山泊に集い、「義」を掲げて腐敗した権力に立ち向かいます。
その世界を日本で鮮烈に視覚化したのが、江戸時代後期の絵師・歌川国芳です。筋骨たくましい身体や大胆な構図によって豪傑たちに新たなイメージを与え、日本における『水滸伝』人気をさらに押し広げました。

第1章「梁山泊へようこそ」
《通俗水滸伝豪傑百八人之一個(壱人)》は、国芳の名を一気に広めた出世作。10代で歌川豊国に入門しながら、長くヒット作に恵まれなかった国芳が、30代で手がけたシリーズです。
現在でも74図が確認され、描かれている豪傑は75人。日本の武者絵の伝統に中国の図像を取り入れながら、躍動感あふれる独自の豪傑像を生み出しました。

歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之一個(壱人)》江戸時代 19世紀 個人蔵
『水滸伝』は、江戸時代の刺青文化にも大きな影響を与えました。史進や魯智深、燕青など、物語には刺青を施した豪傑が登場します。
なかでも国芳のシリーズは、全身に大きな刺青を施す流行を後押ししました。豪傑たちの姿に自らを重ねる「水滸伝気取り」が広がり、刺青は「男伊達」や「きおい」といった江戸の美意識を象徴するものになっていきます。

東京ステーションギャラリー「水滸伝」会場風景
第2章「豪傑たちの生きた時代」では、『水滸伝』の舞台となった北宋時代に目を向けます。都市と商業が発展し、首都・開封には人や物資が集まり、大きな繁栄を迎えました。
物語の時代設定は北宋末、芸術を愛した徽宗皇帝の治世です。一方で、重税などにより社会には不満も蓄積していました。洗練された宮廷文化や陶磁器などを通して、繁栄と陰影を併せ持つ時代をたどります。

第2章「豪傑たちの生きた時代」
重要文化財《清明上河図》は、北宋末の都・開封の繁栄を描く都市風俗画です。「清明上河図」は徽宗朝の宮廷画家・張択端による作品で知られる画題で、後世にも繰り返し描かれました。
本作は明時代の都市の姿も重ねながら、街の賑わいを表現。巻末に画家の名と制作年が明記されている点でも貴重な作品です。

趙浙 重要文化財《清明上河図》(部分)明時代 万暦5年(1577) 林原美術館(会期中場面替え有り)
第3章「武侠小説・水滸伝の誕生と流行」では、史実から物語が形づくられていく過程を紹介します。『水滸伝』はフィクションですが、その核には徽宗の時代に起きた宋江の反乱があります。
史実では盗賊として記された宋江一味は、やがて「義」を重んじる英雄へと変貌。語り物や戯曲を経て、明時代には小説として結実し、版本の普及とともに広く読まれていきました。

第3章「武侠小説・水滸伝の誕生と流行」
《水滸伝浪切張順刺子半纏》は、『水滸伝』の豪傑・張順が水門を破る場面を、半纏の裏側いっぱいに描いた作品です。
表は質素に、裏は華やかに仕立てる「裏勝り」の趣向で、作者は国芳門下の卍斎田蝶。人目につきにくいところに凝る、江戸の粋な美意識を伝えています。

卍斎田蝶《水滸伝浪切張順刺子半纏》江戸時代 19世紀 其角堂コレクション
第4章「拡張する英雄像」では、中国から日本へ渡った『水滸伝』が、江戸文化のなかで独自に展開していく様子をたどります。17世紀に伝わった物語は、18~19世紀になると翻訳や翻案が相次ぎ、一大ブームとなりました。
葛飾北斎や歌川国芳による視覚表現をはじめ、浮世絵、双六、半纏など日常のさまざまな場面へと浸透。曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』など、新たな英雄物語にも影響を与えました。

第4章「拡張する英雄像」
《新編水滸画伝 初編》は、曲亭馬琴が文章を手がけ、葛飾北斎が挿絵を描いた読本です。
大胆な構図と明瞭な線で描かれた北斎の豪傑たちは、日本における『水滸伝』のイメージ形成に大きな役割を果たしました。後の国芳らにも大きな影響を与えた作品です。

曲亭馬琴 作、葛飾北斎 画《新編水滸画伝 初編》江戸時代 文化2年・4年(1805・07)刊 浦上蒼穹堂(会期中頁替え有り)
第5章「忠義のゆくえ」では、現代まで受け継がれてきた『水滸伝』を紹介します。成立から数百年を経ても、豪傑たちは小説や漫画、映画、ドラマ、ゲームなど、さまざまなメディアで描かれ続けています。
形を変えながらも、その根底にあるのが「義」の精神です。仲間との結びつきや権力への抵抗というテーマが、時代ごとにどのように読み替えられてきたのか。漫画の原画や現代美術などを通して、その広がりを見つめます。

第5章「忠義のゆくえ」 《連続ドラマ「北方謙三 水滸伝」衣装》2026年 ©北方謙三 WOWOW/NTTドコモ
白髪一雄は、前衛芸術グループ「具体美術協会」の一員として活動した尼崎市出身の画家。ロープにつかまり、足で絵具を広げる独自の方法で作品を制作しました。
白髪は『水滸伝』の豪傑の名を冠した作品を数多く制作しています。《天魁星呼保義》の「天魁星呼保義」は、梁山泊を率いる宋江の異名。激しく動く絵具の軌跡が、豪傑のイメージと重なります。

白髪一雄《天魁星呼保義》昭和39年(1964) 京都国立近代美術館
中国で生まれた物語は、日本へ渡り、北斎や国芳の手によって新たな姿を獲得し、さらに現代の漫画や美術へと受け継がれてきました。
英雄たちの姿が時代ごとに変わっても、人々を惹きつけてきた「義」や仲間との絆、権力に立ち向かう精神は変わりません。『水滸伝』というひとつの物語が、時代やジャンルを越えて広がってきた約900年の歩みを楽しめる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年9月18日 ]