料理のおいしさは、味だけではありません。どのような器に盛り付けられ、どのようなしつらえでもてなされるのか。日本では古くから、食器もまた「もてなし」の一部として大切にされ、暮らしの中で豊かな美意識が育まれてきました。
サントリー美術館で開催中の「眼のごちそう 食器」では、桃山時代から江戸時代にかけての陶磁の食器に着目。国産・海外製を問わず多彩な器を紹介しながら、日本人が愛でてきた食器のデザインや、もてなしの文化に息づく「生活の中の美」を探ります。

サントリー美術館「眼のごちそう 食器」会場入口
展覧会は、まず近世の食卓を彩った陶磁の食器を紹介します。料理や場面に応じて使い分けられた大皿や鉢、向付、蓋物、猪口などを通して、日本の食文化において器が果たしてきた役割をひもときます。
会場に並ぶ多彩な器に目をむけると、単なる実用品ではなく、料理を引き立て、季節や祝いの心を伝える存在として生み出されてきたことが分かります。

サントリー美術館「眼のごちそう 食器」展示風景 第1章「近世の食卓を彩る陶磁の食器 ─ 大皿・鉢・向付・蓋物・猪 口」(左手前)《備前梅樹文額手鉢》備前 江戸時代 17世紀 個人蔵
重要文化財《黄瀬戸菊鈕蓋向付》は、桃山時代の美濃で焼かれた優美な蓋向付です。淡黄色の釉薬をまとった端正な器に、菊花をかたどった蓋の摘みが可憐なアクセントとなっています。
蓋を開けると内側には繊細な線彫りの菊文や唐草文が現れ、使う人だけが楽しめる意匠が広がります。中国で長寿、日本では重陽の節句とも結びつく菊の文様には、祝いと吉祥への願いが込められています。

《黄瀬戸菊鈕蓋向付》美濃 桃山時代 16~17世紀 個人蔵
重要文化財《染付松樹文三脚大皿》は、鍋島焼を代表する名品です。繊細な三脚に支えられた大皿には、大胆に曲がる松の幹と、墨弾きによって表現された繊細な松葉が描かれています。
高い技術による染付の美しさはもちろん、松に込められた不老長寿や高潔さへの願いも見どころです。徳川将軍家への献上品として制作された鍋島焼ならではの格調の高さが伝わってきます。

(手前)重要文化財《染付松樹文三脚大皿》鍋島 江戸時代 17~18世紀 サントリー美術館
尾形乾山《色絵春草文汁次》は、手のひらに収まるほど小さな汁次です。器いっぱいに描かれた若菜には、小松菜やワラビ、ツクシなど、春の生命力を感じさせる草花が色鮮やかに表現されています。
古くから早春の若菜を摘み、無病息災を願ってきた日本人の暮らしを映し出す作品であり、小さな器の中にも季節を楽しむ豊かな感性が息づいています。

(手前)《色絵春草文汁次》尾形乾山 江戸時代 18世紀 サントリー美術館 / (中)《染付桃形酒入》景徳鎮窯 明時代 17世紀 個人蔵
第2章では、器の形や文様に込められた意味に焦点を当てます。近世のおもてなしでは、料理だけでなく、器そのものが客へのメッセージを伝える役割を担っていました。
吉祥文様や季節の草花、物語を想起させる意匠など、一つひとつの器には贈る側・迎える側の心遣いが込められています。

サントリー美術館「眼のごちそう 食器」展示風景 第2章「器が語るもの ─ 形と文様に込められたもてなし」
重要文化財《白泥染付金彩薄文蓋物》は、尾形乾山ならではの大胆な意匠が光る蓋物です。外側には秋の薄を力強く描き、蓋を開けると内側にはまったく異なる世界が現れるという演出が施されています。
乾山の蓋物は、茶会では料理を盛る器として使われた記録も残されており、料理だけでなく、蓋を開ける瞬間までを含めた「もてなし」の演出が楽しめたことがうかがえます。

(左手前)重要文化財《白泥染付金彩薄文蓋物》尾形乾山 江戸時代 18世紀 サントリー美術館
《古染付魚形向付》は、魚そのものを器の形にした遊び心あふれる作品です。中国では魚が「余」と同音であることから、豊かさや余裕を意味する吉祥文様として親しまれてきました。
料理を盛る前から縁起の良い意味を伝える、見た目にも楽しい器です。

《古染付魚形向付》景徳鎮窯 明時代 17世紀 野﨑家塩業歴史館
仁阿弥道八《銹絵兎花卉文鉢》には、跳ねる兎と華やかな牡丹が描かれています。月に住む兎は長寿、牡丹は富貴を象徴することから、「富貴長寿」という吉祥の願いが込められています。
巧みな鉄絵や掻き落とし技法に加え、愛らしい兎の姿には道八らしいユーモアも感じられます。器を通して願いや祝福を伝える、日本人の美意識がよく表れた作品です。

《銹絵兎花卉文鉢》仁阿弥道八 江戸時代 19世紀 個人蔵
一つひとつの形や文様に込められた意味を知ることで、何気なく見ていた器がまったく違った表情を見せてくれるでしょう。
食卓を彩る「眼のごちそう」を通して、日本人が育んできた豊かなもてなしの文化と、美意識の奥深さに触れられる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年7月7日 ]