15世紀から16世紀、ヨーロッパ各地で大きく花開いたルネサンス。古代ギリシア・ローマ文化が見直され、人間そのものへの関心が高まるなか、芸術でもさまざまな革新が生まれました。
そのルネサンスをテーマに、ルーヴル美術館のコレクションから選び抜かれた56点を紹介する展覧会が、国立新美術館で開催。最大の注目は、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》の日本初公開です。

国立新美術館「ルーヴル美術館展 ルネサンス」会場入口
展覧会は、レオナルド・ダ・ヴィンチから導き出した4つのテーマで構成。第1章「旅」では、人や物の移動がルネサンス文化を発展させた様子を紹介します。
商業や外交、戦争などによって人々が国境を越え、芸術家たちも各地を移動しました。北方の画家がイタリアで古代美術や遠近法を学ぶ一方、イタリアでは北方の油彩技法が取り入れられるなど、旅が新たな表現を生み出す大きな原動力となりました。

第1章「旅」 「ルーヴル美術館展 ルネサンス」国立新美術館、2026年、展示風景
《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》は、宮殿の門前でダマスクス総督がヴェネツィア共和国の使節団を迎える場面を描いた作品です。
背景にはウマイヤ・モスクやミナレットがそびえ、人々の服装や動植物まで細かく表現されています。東西の交易や交流が盛んだった時代の空気を伝える、大画面の作品です。

ヴェネツィアの画家《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》1511年頃 パリ、ルーヴル美術館
エル・グレコもまた、「旅」を体現した芸術家でした。クレタ島に生まれ、ヴェネツィア、ローマを経てスペインへ移り、最終的にトレドで成功を収めます。
《アントニオ・デ・コバルビアス・イ・レイバの肖像》に描かれたのは、トレドの著名な法学者で人文主義者。エル・グレコとは古代の著作やギリシア語への関心を共有する親しい間柄で、こけた頬や目の周囲、髪やひげまで巧みな筆致で捉えられています。

エル・グレコ《アントニオ・デ・コバルビアス・イ・レイバ(1524–1602年)の肖像》1597–1600年頃 パリ、ルーヴル美術館
第2章「技法の革新と洗練」では、ルネサンス期に大きく発展したさまざまな制作技法に注目します。
木版画や銅版画が普及し、一つのイメージを広く伝えることが可能になると、その図像は陶器やエマイユなど別の分野にも波及。さらに、ブロンズ彫刻では古代のロストワックス鋳造法が復活するなど、技術革新が新しい表現を支えました。

第2章「技法の革新と洗練」 「ルーヴル美術館展 ルネサンス」国立新美術館、2026年、展示風景
マルカントニオ・ライモンディの《パリスの審判》は、ラファエロの原作に基づく銅版画です。ライモンディはラファエロの作品を数多く版画化し、そのイメージを広く伝えました。
原作は失われましたが、この版画は後世の芸術家たちに繰り返し参照されました。19世紀にはマネも着想を得て《草上の昼食》を制作しており、版画が時代を越えてイメージを伝える力を示しています。

マルカントニオ・ライモンディ、ラファエロ・サンツィオの原作に基づく《パリスの審判》1513–1518年頃 パリ、ルーヴル美術館
第3章「古代へのまなざし」では、ルネサンスの大きな特徴である古代ギリシア・ローマ文化の復興を紹介します。
芸術家たちは古代の文献を読み、ローマの遺跡や彫刻を研究。実際にイタリアを訪れられない場合も、版画や複製を通して古代の造形を学び、新たな表現へと取り入れていきました。

第3章「古代へのまなざし」 「ルーヴル美術館展 ルネサンス」国立新美術館、2026年、展示風景
若き日のサンドロ・ボッティチェリによる《5人の天使に囲まれる聖母子》。地面に座る聖母は「謙遜の聖母」と呼ばれる形式で、膝には幼子イエスを抱き、背後には5人の天使が並びます。
聖母や天使たちの衣服は、立体的なドレープによって、その下にある身体の形まで自然に感じられるよう描写されています。そこには、ボッティチェリが古代彫刻から学んだ成果を見ることができます。

サンドロ・ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》1470年頃 パリ、ルーヴル美術館
ルカス・クラーナハ(父)の《三美神》も、古代神話を題材にした作品です。古代美術で繰り返し表現されてきた三美神の形式を踏まえながら、クラーナハ独自の世界を展開しています。
古代美術では後ろ姿で表されることが多い中央の女神を正面向きにし、鑑賞者へ視線を投げかけさせました。帽子やネックレスには16世紀当時の流行も反映され、古代の女神でありながら、同時代の女性を思わせる姿となっています。

ルカス・クラーナハ(父)《三美神》1531年 パリ、ルーヴル美術館
第4章「肖像芸術の隆盛」。ルネサンス期には、人間を固有の個性をもつ存在として捉える意識が高まり、肖像芸術が大きく発展しました。
王侯貴族だけでなく、知識人や富裕市民にも肖像が広がり、芸術家たちは容貌を似せるだけでなく、人物の心理や感情まで表現しようと試みます。レオナルドやティツィアーノらによって、その表現はさらに洗練されました。

第4章「肖像芸術の隆盛」 「ルーヴル美術館展 ルネサンス」国立新美術館、2026年、展示風景
《ミケランジェロの肖像》は、彫刻家バッチョ・バンディネッリに帰属する作品です。描かれているのは47歳頃のミケランジェロで、バンディネッリがミケランジェロに激しい敵対心を抱く以前、両者がまだ良好な関係にあった時期の制作と考えられています。
鋭い眼光と厳しい表情、頭に巻いたターバンが印象的。当時の彫刻家は、制作中に飛び散る石くずや埃が髪につかないようターバンを巻いており、あくまで彫刻家を自負したミケランジェロの個性が伝わります。

バッチョ・バンディネッリに帰属《ミケランジェロの肖像》1522年頃 パリ、ルーヴル美術館
そして本展のクライマックスが、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》です。1490年代のミラノ滞在期に描かれ、《モナ・リザ》の前身とも位置づけられてきた傑作です。
当時の北イタリアでは横顔の肖像が主流でしたが、レオナルドは人物を斜めに捉える「四分の三正面観」を採用。目元や鼻筋、頬からあご、かすかな笑みを浮かべる口元を、繊細な明暗のグラデーションによって柔らかく立体的に描いています。こちらを見ているようでも、その先を見ているようでもある謎めいたまなざしが、複雑な内面まで想像させます。
「美しきフェロニエール」という呼び名は、本来この作品に付けられたものではありません。19世紀初頭に別の女性肖像との呼称が混同され、現在の通称として定着しました。モデルについては諸説ありますが、現在はミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの愛妾ルクレツィア・クリヴェッリとする説が有力です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》1490–1497年頃 パリ、ルーヴル美術館
旅による交流、技法の革新、古代への憧れ、そして人間そのものへの関心。4つのテーマをたどることで、一言では捉えきれないルネサンス美術の豊かな広がりが見えてきます。
ルーヴル美術館が所蔵するレオナルド作品が日本で公開されるのは、1974年の《モナ・リザ》以来52年ぶり。貴重な機会をお見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年9月8日 ]