海外から国賓を迎え、最高レベルの礼を尽くしてもてなす宮中晩餐会。その華やかな舞台の裏には、明治以来およそ150年にわたって培われてきた、日本の皇室ならではのおもてなしの歴史があります。
霞会館記念学習院ミュージアムで開催されている「ようこそ! 華麗なる宮中晩餐会の世界へ」では、食器やボンボニエール、ドレスなどを通して、国を代表する「おもてなし」の世界をたどります。

霞会館記念学習院ミュージアム「ようこそ! 華麗なる宮中晩餐会の世界へ」
展示室の冒頭で目を引くのが、約150年前の宮家の晩餐会を再現した華やかなテーブルです。明治初期、皇室とともに賓客をもてなした宮家や華族家では、海外留学経験のある宮家を中心に正餐の席が設けられました。
有栖川宮家に伝わった正餐食器は、陶磁器がアッシュ&ペパン・ルアルールとアビランド、銀器はクリストフル、ガラス器はバカラ社製。いずれにも宮家の紋が入り、後に有栖川宮家を継承した高松宮家でも用いられました。

《明治期の宮家晩餐会テーブルコーディネート(有栖川宮家正餐食器群)》アッシュ&ペパン・ルアルール、アビランド、クリストフル / 19世紀後半 有栖川宮家・高松宮家旧蔵 仁和寺蔵
日本の宮中では古代から饗宴が開かれてきましたが、明治維新によってそのあり方は大きく変化します。明治2年(1869)、イギリスのヴィクトリア女王の第二王子・エディンバラ公アルフレッドが、初めて「国賓」として来日しました。
国際儀礼への対応を迫られた明治政府は、急速に西洋式の作法を導入。明治5年(1872)には天皇の礼服が洋装となり、翌年には西洋料理の作法を稽古。明治7年(1874)の天皇誕生日には、外国公使を招いた西洋料理による宮中饗宴が行われました。

(上)《豊明節会御膳図》江戸時代中期 濱島家旧蔵 / (下)《染付菊御紋波兎文碗・皿》大正時代 三笠宮崇仁親王旧蔵
西洋化は、宮中の装いにも及びました。会場には、昭憲皇太后の洋装による肖像写真も展示されています。
大礼服やティアラが整った明治22年(1889)に撮影されたもので、皇后が戴くティアラはドイツのレオンハルト&フィーゲル社製。後に「御由緒物」となり、歴代皇后へと受け継がれています。

《昭憲皇太后肖像写真》明治22年(1889)6月14日・15日撮影 北白川宮家・香川伯爵家旧蔵 / 個人蔵・当館蔵
西洋料理の導入にあたっては、興味深いエピソードも残されています。明治6年(1873)、天皇は皇后や女官たちにも西洋料理を勧めようと、西五辻文仲にテーブルマナーを学ぶよう命じました。
西五辻は築地精養軒で料理を一通り食べ、作法を習得して宮中で指南。女官から「人が使った食器は不潔」との声が上がったこともあり、明治8年(1875)には英国へ初めて皇室専用の洋食器が発注されることになります。

《色絵金彩御旗御紋瓔珞文珈琲碗皿》精磁会社 明治13~30年(1880~1897)頃 / 《色絵金彩御旗御紋瓔珞文デザート皿》辻 明治30年(1897)以降
小さく華やかな工芸品が並ぶ一角は、ボンボニエールです。皇室の慶事に際して下賜される菓子器で、西欧で結婚や子どもの誕生を祝って菓子を配る習慣が、明治中期に日本へ伝わりました。
大日本帝国憲法発布式にも登場し、やがて宮中の慶事に欠かせない存在に。さまざまな意匠が凝らされたボンボニエールは現在も制作され、皇室を代表する工芸品のひとつです。

ボンボニエールの数々
会場中央でひときわ目を引くのが、彬子女王殿下が実際に着用されたローブ・デコルテです。初代・久保田一竹がデザインし、オーロラ糸を織り込んだ国産の絹地に淡水真珠を散りばめています。
会期の最初に展示されたのは、平成29年(2017)、スペイン国王フェリペ6世陛下と王妃レティシア陛下を迎えた宮中晩餐会で着用された一着。明治期に定められた宮中儀式の服制が、現在まで文化として受け継がれていることも分かります。

《イブニングドレス(ローブ・デコルテ)》平成29年(2017)4月 スペイン王国国王フェリペ6世陛下及び王妃レティシア陛下歓迎宮中晩餐会にて彬子女王殿下ご着用 三笠宮家蔵
《色絵萩鳥文洋食器》は、大小の皿やコンポート、コーヒー碗皿などが数十客揃いで残る洋食器セットです。
旧蔵者の山階芳麿(1900~1989)は鳥類学者として知られ、現在の山階鳥類研究所につながる鳥類標本館を開設した人物。鳥をこよなく愛した芳麿らしく、器の縁には愛らしいつがいの鳥が描かれています。

《色絵萩鳥文洋食器》香蘭社 / 昭和戦前期 山階侯爵家旧蔵 / 山階鳥類研究所より寄託・霞会館記念学習院ミュージアム収蔵
宮中の饗宴には、西洋式だけでなく古くからの伝統も受け継がれています。《平成御即位饗宴食器》は、平成の即位礼・大嘗祭後に行われた大饗で用いられたものです。
黒塗折敷には菊花紋唐草染付の磁器、白木折敷には土器を配置。新米や鯛、雉、鮭、昆布などを盛り付けた伝統的な饗膳の姿を伝えています。

《平成御即位饗宴食器》平成2年(1990) 個人蔵
会場には、大正4年(1915)の大礼で供された晩餐会メニューを再現したレプリカもあります。京都・二条離宮で行われた「大饗の儀」では、大礼史上初めて昼夜ともに洋食が供されました。
現代のコース料理と比べても圧巻のボリュームで、スープだけでも2品。当時は肉料理などを1テーブル分まとめて大皿に盛り、給仕が披露した後に客が自ら取り分ける形式でした。当時の記録から、食材や産地、酒類まで詳しく知ることができます。

《大正大礼大饗第二日 晩餐会メニュー再現レプリカ》(公財)味の素食の文化センター 食の文化ライブラリー蔵
国賓を迎える食卓から皇室の慶事、即位に伴う伝統的な饗宴まで。約150年にわたる品々をたどると、日本の宮中のおもてなしが、西洋の文化を取り入れながら独自の形へと育まれてきたことが見えてきます。
なお、彬子女王殿下のドレスは会期中に展示替えがあり、計4着5パターンが順次紹介されます。霞会館記念学習院ミュージアムは入館無料。展示替えに合わせて足を運び、それぞれの装いを見比べてみるのも楽しそうです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年9月25日 ]