赤と青、金襴や刺繡で華やかに彩られた装束。日本の古典芸能・舞楽では、舞とともに、舞人が身につける装束も大切に受け継がれてきました。
根津美術館で、高野山の天野社(丹生都比売神社)、大阪・四天王寺、栃木・輪王寺などに伝わった舞楽の装束を紹介する展覧会が開催中。中世の貴重な染織品から、約40年ぶりに公開される輪王寺の優品までが並びます。

根津美術館「舞楽装束 受け継がれる染織の美」会場入口
舞楽には、中国系の「左方」と朝鮮半島系の「右方」があり、装束も赤と青を基調に区別されます。華麗な装飾とともに、その背景にある舞楽の歴史にも目を向けていきます。
展示は、古代の舞楽や散楽の姿を描いた《舞絵》からスタート。舞楽が左右に分かれる以前の様子を描いたと考えられ、現存する最古の写本と考えられる貴重な作品です。

《舞絵》室町時代・14~15世紀 京都・陽明文庫
中世には寺社で舞楽の奉納が盛んに行われ、法隆寺や東寺、高野山天野社などに当時の装束が伝えられています。
重要文化財《蛮絵袍 縹地獅子丸模様》は、1454年の銘がある装束。鳥獣を丸く図案化した「蛮絵」が摺り染められています。近衛府官人の制服に由来し、舞楽の左右を袍の色で区別するようになった歴史も伝えています。

重要文化財《蛮絵袍 縹地獅子丸模様》室町時代・享徳3年(1454) 東京国立博物館
《舞楽図巻》は、巻末に応永15年(1408)の紀年銘がある、制作年代が明らかな数少ない中世の舞楽図巻です。
宮廷で用いられた舞楽装束が、色彩豊かに細かく描き分けられています。現在では失われた装束の姿も確認でき、中世の宮廷における舞楽の実態を伝える貴重な史料となっています。

《舞楽図巻》安倍季英筆 室町時代・応永15年(1408) アメリカ・サンフランシスコ・アジア美術館
重要文化財《裲襠 紺地二重蔓牡丹唐草模様》は、紺地に金糸で牡丹唐草文様を織り出した豪華な装束です。袖のない貫頭衣で、周囲に糸房を巡らせた姿が特徴です。
裏地の墨書から、1378年に高野山天野社へ奉納されたことが判明。完全な形で残る最古の金襴裲襠として知られ、制作年代と伝来が明らかな重要な作品です。

重要文化財《裲襠 紺地二重蔓牡丹唐草模様》南北朝時代・永和4年(1378) 東京国立博物館
重要文化財《陵王面》は、鎌倉時代に制作された舞楽面。頭上に四肢を備えた龍を戴く、迫力ある表情が特徴です。
龍の胴体や雲形をヒノキ一材から彫り出し、動く目や吊顎を備えるなど、構造も精巧。眉や髪には植毛が施され、顔の彩色や龍の金箔にも当時の痕跡が残っています。

重要文化財《陵王面》鎌倉時代・13~14世紀 東京国立博物館
《羅陵王図》は、中国・北斉の羅陵王長恭の故事にちなむ舞楽を描いた作品。童舞のため面は着けず、天冠や赤色の毛縁裲襠、亀甲繋ぎの括袴など、華やかな装束をまとっています。
裲襠には金泥で牡丹唐草文様が施され、腕帯や糸で編み上げた履物の糸鞋まで細かく表現。舞楽装束の構造や装飾を知ることができます。

《羅陵王図》伝 土佐行秀筆 室町時代・15世紀 根津美術館(植村和堂氏寄贈)
装束だけでなく、舞楽に用いられる楽器も見どころです。《麒麟松樹蒔絵笙 銘 西狩丸》は、1706年に制作された笙。振り返る麒麟や松樹、松毬を、金の平蒔絵や高蒔絵、切金などで表しています。
竹管の裏には来歴と銘が刻まれ、京都楽人の辻伯耆守近家が日光楽人の金谷帯刀壽雄に贈ったことがわかります。地域を越えた楽人の交流を伝える作品です。

《麒麟松樹蒔絵笙 銘 西狩丸》辻近家作 江戸時代・宝永3年(1706) 個人蔵
江戸時代の画家・久隅守景による《舞楽図屏風》は、舞楽の様子を描いた六曲一双の屏風。右隻には「太平楽」、左隻には「納曽利」と「蘭陵王」の舞姿が、楽人や楽器とともに描かれています。
伝統的な舞楽図の図様を踏まえながら、舞人と楽人の配置を工夫し、独自の画面を構成。狩野探幽に学んだ守景が、舞楽の華やかな世界を生き生きと表現しています。

久隅守景《舞楽図屏風》江戸時代・17世紀 根津美術館
舞人の動きに合わせて揺れる装束、金糸や刺繡による精緻な文様。舞楽装束には、舞台を彩る華やかさだけでなく、長い年月をかけて培われた染織の技術が息づいています。
古い装束の実物と、絵画に描かれた舞姿を見比べながら、日本の伝統芸能を支えてきた装束の美と、その継承の歴史に触れられる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年10月23日 ]