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SOMPO美術館 50周年記念インタビュー ②

《ひまわり》を守り、未来へつなぐ

─ 新宿のアートランドマークを支える、学芸員とデジタルの力

小林 晶子(SOMPO美術館 上席学芸員) / 安西 慧(SOMPO美術館 プロジェクトリーダー)

小林 晶子(SOMPO美術館 上席学芸員) / 安西 慧(SOMPO美術館 プロジェクトリーダー)

新宿の摩天楼に咲く、SOMPO美術館が誇る至宝。フィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》は、いかにしてこの街のシンボルとなり、どのように守り続けられているのでしょうか。

長年、学芸員として多くの展覧会に関わってきた小林晶子(しょうこ)さんと、デジタル技術で新たな美術体験を模索するプロジェクトリーダーの安西慧(さとる)さんに、お話を伺いました。


「世界に通用する美術館」への決断と反響

■ SOMPO美術館の《ひまわり》といえば、1987年に当時の後藤社長が「美術館を世界に通用するものにする」という強い使命感を持ってオークションで購入したエピソードが知られています。購入前の年間来館者は約2万人だったのが、その年は24万人へと10倍以上に激増したそうですね。こうした歴史的な背景について、現在のお立場からどう感じていらっしゃいますか?

小林:私は1997年に当館に入ったので、30年近くこの作品と向き合っています。当時はセンセーショナルなニュースとして世間を驚かせましたが、そのおかげでオランダのファン・ゴッホ美術館との信頼関係が築かれ、定期的にゴッホ展やゴッホに関連する展覧会を開催できるようになりました。2023年の「ゴッホと静物画」展では、歴代1位の18万2000人を記録するなど、今なお作品の持つ力は衰えていません。

安西:私は2023年より、SOMPOホールディングスとの兼務者として美術館メンバーに加わりましたが、今の若い世代や新入社員は、当時のニュースを知りません。だからこそ、美術館のブランドメッセージである「この街には、《ひまわり》がある」という言葉を大切にしたいんです。上野や丸の内のように美術館が集まっているエリアとは違い、新宿における「アートランドマーク」であり続けたいという思いがあります。

小林 晶子(こばやし しょうこ) SOMPO美術館 上席学芸員

小林 晶子(こばやし しょうこ) SOMPO美術館 上席学芸員。1997年よりSOMPO美術館勤務。フランス近代美術を専門とし、《ひまわり》の保存・展示に長年携わってきた。

私たちが伝えたい「知的なゴッホ」の素顔

■ 世間一般では、ゴッホは「情熱的で、狂気に満ちた天才」というドラマチックなイメージで語られがちです。しかし、専門家から見ると、また違った側面が見えてくると伺いました。

小林:本当にそうなんです。ゴッホは非常に多くの本を読み、フランス語や英語もこなす、インテリジェンス(知性)にあふれる人物でした。《ひまわり》も決して感情に任せて描き散らしたわけではなく、色彩の研究やタッチの探究を、計算と試行錯誤の上で繰り返した結晶なんです。

安西:学芸員ではない私の立場から見ても、作品の力強さは圧倒的です。それが裏打ちされた探究心に基づいていると知ると、さらに深みが増しますよね。

小林:はい。だからこそ私は、展覧会を通じて「破滅型」ではない「知的なゴッホ」の側面を伝えていきたいと、何十年もこの仕事に向き合っています。

安西 慧(あんさい さとる) SOMPO美術館 プロジェクトリーダー

安西 慧(あんさい さとる) SOMPO美術館 プロジェクトリーダー。2023年より、SOMPOホールディングスとの兼務者として美術館メンバーに加わり、デジタル技術を活用した新たな美術体験やアウトリーチ活動を推進している。

「片時も気が抜けない至宝」を守り、100年先へつなぐ

■ 《ひまわり》を常設展示し続けるためには、並大抵ではない維持管理の努力があるそうですね。保存と展示の両立について教えてください。

小林:《ひまわり》は私たちにとっても片時も気が抜けない、本当に繊細な作品なんです。キャンバスの生地が特殊で荒いため、振動には非常に弱く、移動の際は専門業者が4人がかりで、極秘任務のように特に慎重に扱っています。

■ 展示室の「光」についても、特別な工夫をされているとか。

小林:ゴッホの黄色は、非常に光に弱いことが最近の研究でわかってきました。油彩画の場合、通常は200ルクス程度でも許容されますが、当館では作品への負荷を最小限にするため、100ルクス以下に抑えています。

安西:100ルクスというと、かなり暗いですよね?

小林:そうですね。でも、暗さを感じさせない工夫をしています。壁の色を薄い紫色にしているんです。これは黄色の補色なので、低い照度の中でも黄色が鮮やかに浮かび上がる効果があります。また、礼拝堂のように作品を神聖化しすぎず、ゴッホが意図した「黄色い家」の部屋に飾ってあるような、ナチュラルな展示を目指しました。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》の展示

《ひまわり》の展示環境にも、作品を守るための工夫が重ねられている

デジタルが拓く「新しい鑑賞の入り口」

■ 近年、SOMPO美術館ではデジタル技術を活用した新しい試みも注目されています。安西さんがリードされている「高精細3DCG」の狙いとは何でしょうか。

安西:2023年にNHKエンタープライズさまと共同制作した3DCGは、実物ではガラス越しに見ることができない、絵具の盛り上がり(インパスト)や筆跡を自由な角度から観察できるものです。

小林:学芸員の本音としては、「まずは自分の目で実物の空気感を感じてほしい」という思いがあります。でも、デジタルで細部を「発見」した後に実物を見ると、また違った気づきが得られる。その相乗効果は素晴らしいと感じています。

安西:アウトリーチ活動(外部への普及)でもデジタルは不可欠です。外出が困難な介護施設の方向けのプログラムでは、この高精細データを見て「昔見た本物を思い出した」と喜んでくださったり、作品のパワーに圧倒されたり。デジタルが「本物を見たい」と思うきっかけや、思い出をつなぎ止める役割を果たしています。

安西 慧(あんざい さとる) SOMPO美術館 プロジェクトリーダー

絵具の隆起が手元で体感できる、《ひまわり》高精細3DCG鑑賞システム

未来へのメッセージ

■ 最後に、この至宝を未来へつないでいくことへの思いをお聞かせください。

安西:1987年の熱狂を知らない世代にも、美術館の外へ出て魅力を伝えていきたい。ファンを増やし、社会全体で文化芸術を守っていくサイクルを作ることが、私のミッションだと思っています。

小林:私の仕事は、目に見えないメンテナンスの積み重ねです。記録には私の名前が残らなくてもいい。100年、200年とこの《ひまわり》が失われることなく、輝き続けること。それが学芸員としての最大の喜びであり、使命だと思っています。

小林晶子氏と安西慧氏

[ 取材・撮影・文:古川幹夫・坂入美彩子 / 2026年6月30日 ]

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