住友家第15代当主として近代の住友グループの礎を築く一方、美術を愛し、数多くの作品を収集した住友春翠(1864~1926)。その没後100年を記念する展覧会が、泉屋博古館東京で開催されています。
「典雅清淡」とも称された春翠の好みを振り返りながら、コレクション形成の軌跡を紹介します。

泉屋博古館東京「特別展 没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション」
住友春翠は、幕末の京都に徳大寺家の第五子として生まれました。父から漢学や国学、書画、茶の湯などを学び、兄・西園寺公望からは欧米文化への柔軟な姿勢などの影響を受けます。
明治25年(1892)に住友家へ入り、翌年に家督を継承。実業家として活動する一方、幼少期から培った美意識は、その後の美術収集にも大きく影響していきました。

《住友春翠肖像写真》明治時代 泉屋博古館
明治30年(1897)には約8カ月にわたり欧米を視察。実業家が社会へ利益を還元する「ノブレス・オブリージュ」の考え方に触れたことは、春翠の文化支援にも大きな影響を与えました。
帰国後は日本画や洋画、工芸など幅広い作品を収集。黒田清輝や山本芳翠らを支援し、欧米視察中にはモネ作品も購入しています。

第1章「ノブレス・オブリージュの目覚め」
クロード・モネ《モンソー公園》と《サン=シメオン農場の道》は、ともに美術商・林忠正を介して春翠の手に渡った作品です。
いずれも日本にもたらされた最初期のモネ作品として重要で、須磨別邸では大食堂に並べて飾られていました。《モンソー公園》には印象派らしい軽やかな筆触が、《サン=シメオン農場の道》には後の印象派につながる明るい表現が見られます。

(左から)クロード・モネ《モンソー公園》1876年 泉屋博古館東京 / クロード・モネ《サン=シメオン農場の道》1864年 泉屋博古館東京
現在、皇居前広場に立つ楠木正成銅像も、住友と深い関わりがあります。別子銅山開坑200年を記念して企画され、約10年をかけて明治33年(1900)に完成しました。
制作は東京美術学校に委嘱され、高村光雲らが参加。展示されている《楠木正成銅像頭部木型》は、実際の銅像制作のためにつくられた木型です。

高村光雲《楠木正成銅像頭部木型》明治26年(1893)住友史料館
明治36年(1903)、大阪で開催された第5回内国勧業博覧会も、春翠の収集に大きな影響を与えました。春翠は協賛会長・評議員を務め、この博覧会を機に同時代の工芸作品を本格的に収集するようになります。
原田西湖《乾坤再明図》は同博覧会の出品作。天照大神の岩戸隠れを題材にし、白く輝く衣などに、作者の光への関心が表れています。

原田西湖《乾坤再明図》明治36年 泉屋博古館東京
明治36年(1903)に完成した須磨別邸は、家族の住まいであると同時に、国内外の要人を迎える迎賓施設でもありました。室内にはモネや黒田清輝などの作品が並び、「邸宅美術館」のような空間だったといいます。
洋画家たちも須磨別邸を訪れ、西洋絵画の実作を鑑賞しました。欧米留学が容易ではなかった時代に、春翠のコレクションは貴重な学びの場にもなっていました。

(左から)ギヨーム・セニャック《ミューズ》19世紀末 泉屋博古館東京 / 藤島武二《幸ある朝》明治41年 泉屋博古館東京

須磨別邸 模型
須磨別邸に続いて、大阪・茶臼山には新たな本邸が建設されました。邸内には狩野芳崖をはじめ、木島櫻谷や香田勝太らの作品が配され、建築と美術が一体となった空間がつくられました。
一方、春翠は大阪図書館の建設費を寄付するなど、文化支援にも尽力。さらに大阪に美術館を設ける構想を抱き、文展などの出品作を積極的に購入していきます。

第2章「フィランソロピーの実践」
春翠が構想した美術館は、作品を収めるだけでなく、同時代の画家を支援し、広く公開することを目指したものでした。
計画自体は実現しませんでしたが、大正10年(1921)には茶臼山本邸の土地を大阪市へ寄付。その背景には、長年にわたる文化振興への思いがありました。

(左から)仙波均平《静物》明治43年 泉屋博古館東京 / 中村不折《白頭翁》明治40年 個人蔵 / 山下新太郎《読書の後》明治41年 泉屋博古館東京
会場では、春翠の人柄を伝えるエピソードも紹介されています。
茶臼山本邸の敷地寄付に対し、大阪市は1万円相当の返礼品を用意。釜師の大国柏斎が銀製花瓶を制作しましたが、春翠は「自分は決してかかるものを貰おうと思って寄付したのではない」と語ったと伝わります。

大国柏斎《銀玉象嵌鳳凰耳付花瓶》大正11年頃 泉屋博古館蔵
美術を愛しながら、その収集を自らの楽しみにとどめず、作家支援や文化振興、社会への還元へとつなげていった住友春翠。
会場各所には、作品購入の背景や春翠の人柄を伝えるコラムもあり、名品だけでは見えてこない人物像も浮かび上がります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2026年8月28日 ]