蜘蛛は実にミステリアスな生き物です。足が8本で毛むくじゃら。その見た目の不気味さから、蜘蛛をきらう人は少なくありません。しかし、蜘蛛が編み出す繊細で美しい糸の軌跡は、時に人を釘付けにします。蜘蛛がつくる大きな円網の幾何学的な造形美、あるいは霧の日の水滴を連ねた真珠の首飾りのような網の美しさに惹きつけられた、そんな経験を誰もが一度はしたことがあるのではないでしょうか。このような蜘蛛のもつ怪しい魅力と象徴性、蜘蛛の糸の謎や神秘は、古くから芸術家たちを魅了してきたのです。
そもそも蜘蛛は4億年もの進化の歴史を持つといわれています。連綿として続く生存競争のなかで、蜘蛛は厳しい自然環境に耐え、生き延びるために、命綱としての糸に特別な性質を与えてきました。今やそれは最新の高分子化学をはじめ、さまざまな研究分野の可能性をひらくものとして注目されているほどです。自らの内から紡ぎだされ、空間を編成し、ターゲットをとらえて離さない蜘蛛の糸の謎。蜘蛛が繰りなすこの魔法の糸は、人の手によって簡単に排除されうる脆弱さも含め、まさにアーティストが創り出す芸術活動のメタファーのようです。
この展覧会では、国内を中心とした江戸から現代の絵画、彫刻、工芸、写真、映像、絵本、インスタレーションといったさまざまな表現を、「蜘蛛の糸」というキーワードからひろがる幾つかの視点から紹介し、その謎めいた魅力を探ろうとするものです。蜘蛛/蜘蛛の糸を注意深く観察して捉え、記録、描写した作品をはじめ、蜘蛛の糸のイメージや要素を比喩的に用いたり、あるいは増幅、変容させたりして生まれた作品、蜘蛛の巣網のごとく複合的につながりあう現代社会を探究するような作品、そして芥川龍之介の『蜘蛛の糸』をめぐる作品まで、「蜘蛛の糸」というテーマから導かれ、展開する多様な表現に焦点を当てます。そこでは、この国独自の美意識や作家の豊かなイマジネーションが浮かび上がるとともに、私たちを取り巻く世界の見方について、さらには私たちの知覚をひらく新しい表現の可能性について、多くの示唆を与えてくれることでしょう。
*会期中、一部展示替があります。
前期展示:10月15日(土)-11月20日(日)、後期展示:11月22日(火)-12月25日(日)