47都道府県の県庁所在地で唯一、公立の美術館や博物館がなかったと言われる前橋市。以前から地域ゆかりの作家の作品を収集していましたが、公開する場所がありませんでした。
長い構想期間を経て、2013年10月26日(土)に開館した
アーツ前橋。美術だけでなく全ての文化的芸術の拠点でありたいと、"アート"ではなく"アーツ"と名付けられました。
建物は、西武百貨店の別館をリノベーションして再利用されました。元はエスカレーターだった場所が吹き抜けになるなど、賑わっていた商業施設の痕跡が残っています。
会場入口から。元はエスカレーターだった場所が吹き抜けにかつては生糸で栄えた前橋。「商業の高崎、文化の前橋」と言われ、詩人の萩原朔太郎をはじめ、多くの文化人を生み出した地でもあります。
開館記念展「カゼイロノハナ 未来への対話」は、萩原朔太郎の自選歌集「ソライロノハナ」と赤城おろしの「風」をかけたタイトルです。地域の特徴でもある強い風が人々の個性を育て、さまざまな表現を生んでいった、という意図で名付けられました。
展覧会にあたって、地域にゆかりの美術家だけでなく文学者、音楽家、科学者なども対象に、その仕事をテーマにして現代のアーティストが作品を制作。市の収蔵作品も含め、さまざまなジャンルの作品が会場を彩ります。
会場会場は〈歴史との対話〉〈自然との対話〉〈言葉との対話〉と、〈表現の実験〉〈戦争と震災〉〈グローバル/ローカル パブリック/プライベート〉で構成されています。
〈戦争と震災〉で、長崎の原爆をテーマにした有村真鐵《明日》、疎開先で終戦直後に描いた福沢一郎《世相群像》などととともに紹介されているのは、新聞を使った照屋勇賢《自分にできることをする》です。
照屋さんはアーティスト・イン・レジデンスで前橋に滞在中に震災に遭遇。震災を報道する地元紙「上毛新聞」を使い、小さな植物の芽が出ている作品を制作しました。
この作品は市民が一口3,000円で共同購入。作品はアーツ前橋に寄贈され、照屋さんは収益を被災地支援に寄付しました。市民がお金を出すことが、地域の文化支援と被災地の支援の両方に繋がるという、画期的な取り組みです。
最後の作品が、照屋勇賢《自分にできることをする》作品を見る・見せるという一方向の関係ではなく、施設に関わる全ての人々を巻き込んでいく活動を目指す
アーツ前橋。「この時代にオープンする美術館」である事も意識しながら、館外での地域アートプロジェクトも積極的に進めるなど、この地ならではの展開を模索しています。
首都圏から100km。都市に埋没するほど近くはなく、地方というほど離れてもいない。適度な距離感に生まれた先進的な美術館の今後に、注目したいと思います。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2013年12月13日 ]