澁澤龍彦という作家は、独自の好みと美意識にもとづく自由な芸術論やエッセーによって、従来の美術史にとらわれない新しい美術の見方を体現し、1960年代以後の日本の読者に大きな影響をおよぼしました。本展ではまず澁澤龍彦が好み、紹介し、称賛した東西の美術家たちに焦点をあてることで、時代とともに変化をとげていった作家の美意識と美術思想を明らかにします。
澁澤龍彦は埼玉の名家・澁澤一族の本家「東の家」のよっけいであり、澁澤榮一の親戚でもありました。武州銀行の支店長だった澁澤武の長男として生まれ、埼玉の川越と東京の滝野川中里で育った澁澤龍彦(本名)は、いわば「昭和の子ども」として幼少年期を送り、旧制浦和高校に進んだ年に終戦を迎えました。少年期に好んだ童画や漫画、川越や東京の風景、東大仏文科に進んでから知った作家サドの肖像、デビュー以来の交友関係、異端的アジテーターとみなされた60年代の活動、マニエリスムからシュルレアリスムにいたる幻想美術の紹介、ヨーロッパ旅行の体験、日本の古典美術の再発見、博物誌と自然物に惹かれていった晩年、そして小説の名作『高丘親王航海記』の完成とともに訪れた死-といった生涯の各段階を、展示作品を見ながら追ってゆくことは、そのまま私たちの昭和史をたどりなおすことでもあるでしょう。澁澤龍彦とうい人物には、とくに60年代以後の日本の新しい文化と芸術をリードし、日本人の美意識にひとつの変革をもたらしたという功績もあります。そうした点に目を向けながら、澁澤龍彦とは誰だったのか、私たちは澁澤龍彦から何を得てきたのか-という問いかけだけではなく、昭和とはどんな時代だったのか、そして今後は?という問いかけをも含むものになるでしょう。