版画家・川上澄生(1895-1972)は文明開化の末期に横浜で生まれました。青山学院高等科卒業後、カナダのヴィクトリア、アメリカのシアトル、そしてアラスカを旅して帰国、宇都宮で英語教師をしながら独学で版画制作に取り組みました。
川上の作品は様々ですが、特に「南蛮」、「文明開化」など異国情緒に満ちたテーマを生涯数多く制作しています。また、その版画は図案だけでなくそこに添えられる詩も相まってロマンティシズムとユーモアに満ち、詩情性溢れた表現が確立されています。近代版画界に与えた影響は少なくなく、大きな存在感と足跡を遺しました。例えば棟方志功も彼の『初夏の風』との出会いが契機となり版画制作に足を踏み入れ、最初の版画集となる『星座の花嫁』を刊行しました。
本展では版画家・川上澄生のロマンティシズムに溢れた初期の代表作『ローマ字 初夏の風』、『風船乗り』や、南蛮人を主題とした『蛮船入津』や『たばこ渡来記』、キリスト教や聖書に着眼点を得た『聖母子』、『波涛万里 きりしたん武士』、西洋の文化を日本人の視点から取り上げた『畫集ゑげれすいろは』、『いんへるの』、『しんでれら出世繪噺』、その他イソップ物語をテーマとした『北風と太陽』など、木版画の諸作品に加えてガラス絵や水彩作品もあわせて展覧し個性豊かな川上の世界を紹介します。
本展の会場となるアサヒビール大山崎山荘美術館の建物は大正初期に建築開始、昭和7年に完成した個人の邸宅であった英国風山荘です。川上が制作した時代と重なることもあって、日本人の西洋への憧憬の念が強く表れていると同時に、東洋のエッセンスを加味した、加賀正太郎の個人の表現が見られる建築物です。単なる西洋の模倣にとどまらず、そこから独自の表現を追求したという意味で、川上作品に通ずるものがあるといえるのではないでしょうか。また、当館に伝わる山本爲三郎コレクションはアサヒビール初代社長・山本爲三郎が支援した民藝運動に関わる作家作品を中心に約1000点の作品で構成されていますが、川上と交流あった濱田庄司や棟方志功などの作品や、彼がたびたび題材として取り上げたドイツの髭徳利やビアジョッキなども含まれており、期間中にはこうした所蔵品からも選りすぐってあわせて展示いたします。
英国風山荘である当館において川上の異国情緒あふれる作品を展覧し、その世界観に近しく触れる機会と致したく存じます。