17世紀スペインからの独立を達成したオランダでは、未曾有の経済的発展を背景に、富裕な市民階級が台頭し、彼らの趣味を反映した新しい文化が生まれました。現実的な生活感覚を有する市民たちは、身の回りの世界に深い関心を寄せ、美術の分野でも、風景画や静物画と並んで、日常生活の情景を描き出した風俗画が大いに流行します。
本展では、オランダ最大の美術館であるアムステルダム国立美術館の膨大なコレクションから、ヨハネス・フェルメール、ヤン・ステーン、ハブリエル・メツーなどオランダ絵画の黄金時代を代表する画家たちの作品や、外光と大気の表現に鋭い感性を示したハーグ派と呼ばれる画家たちの写実主義的な作品など、油彩画40点、水彩画9点、版画51点を厳選して、17世紀初めから19世紀末に至るまでのオランダにおける風俗画の多様な展開を四つの章に分けて紹介します。加えて、第5章では、16点の工芸品により、17世紀のオランダ上流市民の豊かな暮らしぶりの一端をうかがいます。
本展で、とりわけ注目すべきは、ヨハネス・フェルメール作の《牛乳を注ぐ女》が日本初公開されることです。オランダの小都市デルフトで生涯を送ったフェルメール(1632-1675年)は、優れた画家を数多く輩出した17世紀のオランダにおいてもその卓越した画技によって特に際立った存在ですが、彼の手になる珠玉の作品は30数点しか現存しません。1658-59年頃に制作された《牛乳を注ぐ女》は、フェルメールの数少ない作品の中でも、傑作中の傑作として特に高く評価されています。柔らかな光に包まれた台所の一隅で、ありふれた日常の行為を行う質朴な顔つきの女は、堂々たる存在感を有し、あたかも永遠性を獲得したかのような静謐な印象を与えます。細部に目をやれば、荒い砂状の絵の具を駆使して机の上のパンや陶器製の容器の微妙な質感を描き分けたり、背景の漆喰の白壁の釘跡に残った赤錆までをも描き出した、その画技の冴えに驚かされます。しかし、画家は決して、作品中に過剰に事物を描き込んだりはしておらず、そのシンプルな画面構成が、女の姿を一層際立たせています。
また、本展には、《牛乳を注ぐ女》と同様に台所を主題として描いた、他の画家の手になる作品が数多く出品されます。それらの作品を通じて、フェルメール作品の特徴、それが生み出された背景、その後の絵画に与えた影響などを探ります。