松方幸次郎(1865~1950)は鹿児島に生まれ、アメリカのラトガーズ大学、エール大学に学びました。現在の川崎重工業株式会社、神戸新聞社の初代社長で、神戸にとどまらず、日本の近代産業の発展に尽力した実業家でした。
その一方で、松方幸次郎は「松方コレクション」と称される西洋美術の一大コレクションを形成した大収集家として知られています。彼は20世紀初頭、本格的な西洋美術に触れることができなかった日本人のために、上質の美術作品を日本に紹介したいと考え、第一次世界大戦中の1916年から1927年までの11年間、ヨーロッパで多くの美術品を、私財を投じて収集しました。また、浮世絵のコレクションを一括してフランスで購入し、日本に里帰りさせました。
美術館の建設も計画されましたが、1927年の金融恐慌のあおりを受けて、やがて日本にもたらされた膨大な作品は散逸してしまいました。浮世絵のコレクションは、一括して帝室博物館(現東京国立博物館)に移管され、現在に至っています。関税の問題から、日本に運ぶことができずフランスに残され、第二次世界大戦をくぐりぬけた絵画・彫刻370余点のコレクションは、戦後、交渉を重ねて、1959年、留め置かれた19点を除いてフランスから「寄贈返還」されました。このコレクションを中心に、上野に国立西洋美術館が設立され、現在に至っています。
本展は、国立西洋美術館所蔵作品、そして国内外に散逸した松方コレクションの名品―絵画、彫刻、タペストリー、家具約90点に加え、フランスに留め置かれたロートレック、ピカソ、スーチン、セザンヌ、モローの5点、松方コレクション以外のコロー、エンネル、カロリュス=デュランほか、フランス各地から集めたフランス絵画18点、東京国立博物館所蔵の歌麿、北斎の浮世絵19点、さらに関係資料20点を加えた約160点を展示します。また、フランス側監修者として元オルセー美術館主任研究員カロリーヌ・マチュー氏を迎え、「フランスから見た松方コレクション」という視点も取り入れ、松方が収集した時代 ―1910~20年代の美術思潮を浮き彫りにします。
美術館建設を夢見ながらも一大コレクションの散逸を防ぐことができなかった松方幸次郎の、叶わなかった想い、追い求めた夢の軌跡をあとづける、またとない展覧会になるものと考えています。