現代は空前の猫ブーム。気まぐれで愛らしい性格に加え、美術や文学でも猫は長く人々に親しまれてきました。中でも江戸時代には浮世絵に多く描かれ、愛猫家として知られる歌川国芳の作品からは、当時の人と猫の暮らしが垣間見えます。
そごう美術館で開催中の展覧会では、31名の絵師による猫作品147点を展示。猫の姿やしぐさ、七変化まで多彩な魅力を楽しめる内容です。

そごう美術館「Ukiyo-e 猫百科 ごろごろまるまるネコづくし」会場入口
会場冒頭にはずらりと並ぶ「猫いろは」があり、その解説に沿って猫の様々な特徴を知ることができます。
例えば「い」は「インドアの猫」。猫の動体視力は人間の4倍とも言われ、鳥や虫の動きを見るのが大好きです。歌川広重の《名所江戸百景浅草田圃酉の町詣》には、窓辺の猫が描かれています。

歌川広重《名所江戸百景浅草田圃酉の町詣》安政4年(1857) 魚屋栄吉 渡邊木版美術画舗蔵
小林清親の《猫と提灯》は、木版画とは思えないほど緻密な表現が特徴です。柔らかな猫の毛並みや提灯の陰影に加え、一見無地に見える背景にも細かな格子状の線が施され、布の織り目のような質感を醸し出しています。
これは銅版画や油絵のキャンバスの質感を模したものとされ、平面的になりがちな木版画で西洋絵画の奥行きを表現しようとした清親の挑戦が感じられます。

無款(小林清親)《猫と提灯》明治10年(1877) 松木平吉 渡邊木版美術画舗蔵
浮世絵は当時の人々の「見たい」が反映されたメディアであり、美人画と猫の組み合わせは人気の題材でした。猫は鼠退治の頼もしい存在で、家庭に寄り添うパートナーでもありました。
歌川国芳は武者絵で名を上げた後も多彩な作品を残し、常に猫をそばに置いた愛猫家としても知られます。亡くなった猫には戒名を授けた逸話も有名で、弟子たちも猫を描き、幕末から明治にかけて猫の浮世絵は一気に広がりました。

歌川国芳《虫撰 こがねむし》弘化元-3年(1844-46)頃 有田屋清右衛門 個人蔵
猫が放し飼いとなったのは江戸時代初期。鼠退治の役割で庶民にも浸透し、名札や鈴、首輪で迷子対策がなされました。ごはんは「ねこまんま」、アワビの貝殻が器になり、暮らしに密着している存在でした。
月岡芳年の《新柳ニ十四時 午前九時》では、猫が柱で爪とぎをする様子が描かれています。爪とぎは縄張りを示すマーキング行動であり、高い位置で行うことで自分を大きく見せる意味もあります。

月岡芳年《新柳ニ十四時 午前九時》明治10年(1877)森本順三即 個人蔵
猫の瞳は光に応じて大きく変化し、その神秘性から「化け猫」や「猫又」などの妖怪イメージが生まれました。浮世絵でも猫が歌舞伎役者に化けた「猫役者絵」が描かれ、人ならざる存在としての魅力を放っています。
猫に対する恐怖心は世界共通で、ヨーロッパでは黒猫が魔女の使いとされ迫害されました。日本でも長生きした猫が妖力を持ち人に化ける伝説が伝わり、全国に化け猫の怪談が残っています。

(右手前)歌川国芳《五拾三次之内岡崎の場》天保6年(1835)和泉屋市兵衛 個人蔵
天保の改革により、浮世絵には厳しい統制が敷かれました。役者絵が禁止される中、国芳は猫を使い風刺や戯画を発表。市川海老蔵に似せた《猫の百面相》や、擬人化した雌猫が主人公の戯作「朧月猫草紙」など、猫を通じて機知に富んだ作品を生み出しました。
《流行猫の戯》では歌舞伎の仇討ち劇「鏡山もの」を猫に見立て、細部にまでこだわった表現が見られます。こうした猫絵は、明治期のおもちゃ絵にも影響を与えました。

歌川国芳《流行猫の戯 かがみやな草履恥の段》弘化4年(1847)頃 山本平吉 個人蔵
江戸幕末から明治にかけて、「おもちゃ絵」と呼ばれる浮世絵版画が子どもから大人まで親しまれました。双六や着せ替え人形、多様な「〇〇づくし」など形式は様々で、動物の擬人化も人気でした。国芳の門人・芳藤は特に猫を多く描き、「おもちゃ絵芳藤」として知られています。
芳藤の《志ん板猫尽両めん合》には、あくびやじゃれ合う猫、親子猫など多彩な猫たちが登場。裏表で同じ猫を描く「両面絵」と呼ばれる工夫が施され、竹ひごに貼って遊ぶおもちゃとして楽しまれました。

歌川芳藤《志ん板猫尽両めん合》安政6-明治8年(1859-75)版元未詳 個人蔵
「おもちゃ絵」は幕末から明治中期にかけて盛んに作られた、遊びながら学べる実用的な浮世絵です。明治期には文部省が家庭教育用の教育錦絵を発行し、教育推進の追い風となりました。現存するものは少なく貴重な資料といえます。
猫のおもちゃ絵は人気が高く、国芳の擬人化猫ブームの影響を受けています。芳藤は多彩な猫作品を残し、庶民の暮らしや社会の変化をいまに伝えています。

歌川芳藤《志ん板猫のかるわざ》明治(1868-1912)前期頃 松野定七 個人蔵
多彩な猫の姿と豊かな表現で、江戸から明治にかけての日本の暮らしや文化が浮世絵を通じて生き生きと伝わる企画。猫の可愛らしさだけでなく、その社会的・歴史的な意味合いも深く味わえる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年7月18日 ]