小林正典(1949- )は、世界の子どもたちを撮影するうち「なぜ子どもたちが銃をとらなければならないのか」という疑問に突き動かされ、以来約30年にわたりフリーランスのフォト・ジャーナリストとして世界72カ国を取材しています。特に1980年から2000年の間は、国連難民高等弁務官事務所との写真契約をし、世界中の難民・飢餓の問題を集中的に取材。優れた写真による人道的活動を高く評価され、1994年には国連写真家賞を受賞しました。
20世紀の度重なる紛争の結果、家を捨て、祖国を捨てて国境を越えざるを得なかった難民の数はアジア、アフリカ、ヨーロッパなど、世界中で今も約2000万人といわれています。〈戦争の世紀〉あるいは〈難民の世紀〉といわれた20世紀を終え、21世紀に入って間もない現在までに、わたしたちはすでに二つの大きな戦争を目の当たりにしてきました。また、「悪魔の兵器」と呼ばれる地雷は、世界に6000万個、カンボジアには600万個の地雷が埋められたまま、その犠牲者は後を絶ちません。一方で「世界の貧しい子どもたちのお母さん」と言われるマザー・テレサ(1910-1997)は、貧しく、見捨てられ、病む人々のために生涯を捧げ、食べ物のない貧しさよりも、心の貧しさの方が深刻であると説きました。
カルカッタの路上でマザー・テレサに救われ祝福を受ける子どもたち、戦争の意味もわからぬまま自由を奪われる子どもたち。現実を受け入れようとする厳しい眼 、好奇心に満ちた眼、希望に輝く眼。過酷な状況のなかにあって、命の尊厳が輝き出す瞬間をとらえ、生命の鼓動を一枚の写真の中に凝縮させていく - さまざまな「命」の有りようを伝える小林の写真は、その悲惨さをことさらに訴えようとするよりも、むしろ淡々と、ひとりひとりに静かに向かい合って、たとえ一瞬の間に行われたにせよ、レンズを介した写真家と子どもたちとの対話のぬくもりを伝えようとするものです。同時に、その穏やかな眼差しの奥に、問題の本質を深く見据えて、悲劇が繰り返されぬよう強くメッセージを発信しています。
21世紀を歩み始めたいま、世界は未だ不安定な国際情勢のなかにあります。この世界に生きていくとはどういうことなのか。いま一度「平和」について考えるきっかけになれば幸いです。