近代日本画を代表する画家上村松園(1875-1949年)は、女性としての強い意志と品格を備えた美人画で広く知られていますが、多くの素描も残しています。本展は、素描や下絵を色鮮やかな本画とともに展示し、また、ゆかりの品々をあわせて紹介することで、制作の秘密や、線描のすばらしさ、さらにはその人物像に迫るものです。上村家三代のコレクションで知られる松伯美術館(奈良市)の協力により、本画7点、下絵・素描約80点に加え、愛用の筆や文化勲章などを展観します。松園の素描は、櫛やかんざし、能面などを見つめる画家の鋭いまなざしや、人物を写す際の生き生きとした筆致が見られ、本画とは異なった魅力があふれています。また、自ら薄紙をこよりで綴じて持ち歩き、あらゆる場所に赴いて古画等の模写を行っていますが、さまざまな情報が詰まったこれら縮図帖(スケッチブック)は、画家にとってかけがえのないものでした。情念や狂気を描き出した《花がたみ》(1915年)から、静かな外観の中に深い精神性を湛えた《鼓の音》(1940年)に至るまで、表現は制作年代により変化しますが、古きよき京都の風情や江戸期の情緒、人間の想いを格調高く昇華するための能のテーマなど、作品に込められた多くの要素は見るものを魅了します。表面的な女性美のみならず内面や精神の美しさを捉えようとした松園の作品が、なぜ決して通俗的にならず常に品格を保っているのか、画家の意図が直接あらわれた素描や下絵を見ることで、その秘密に直に触れることができるのではないでしょうか。特に代表作の一つである《花がたみ》は関連する素描が多く残されており、本展ではこれらを本画、下絵とともにご紹介します。