マルセル・デュシャン Marcel Duchamp(1887~1968)は“現代美術の父”とも、“ダダイスムの巨匠”とも呼ばれ、20世紀美術に多大な影響を与えた人物です。フランスのブランヴィルに芸術一家の三男として生まれ、15歳の頃から絵を描きはじめました。印象派からキュビスムまでの技法を短期間のうちに習得した彼は、1913年に≪階段を降りる裸体No.2≫を出品し、裸体が階段を降りるというテーマがスキャンダルをひきおこします。
1915年以降は主にニューヨークに住み、写真家であるマン・レイとともにニューヨーク・ダダ運動を展開する一方、「レディ・メイド」作品の代表例≪泉≫が出品拒否に遭うなど物議をかもし続けます。その他にも、実験映画の製作や、展覧会の企画、「ローズ・セラヴィ」という女性名での言葉遊び集の出版など多彩な活動を行いました。
1923年に≪彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも≫(通称≪大ガラス≫)を未完のまま放置して以降、もっぱらチェスに熱中し、芸術をやめたと噂されていましたが、1968年に没した後、≪与えられたとせよ 1.落ちる水 2.照明用ガス≫が公開され、沈黙の背後で実は周到に制作していた事実が判明し、新たな話題を呼びました。
従来の芸術家の概念からはずれた破天荒な行動で、一般社会からも常に注目を集め続けたデュシャンは、実は何につけ懐疑の人で、芸術を根底から疑い独創性なるものを信用せず、偶然に事を委ね、作者の存在すらも否定しました。たとえ既製品でも誰かが指さして、芸術と呼べばそれが芸術作品になるのだ、というのです。むろん、今では既製品を使うことも、他人の作品の流用や転用もとりたてて珍しい表現手段ではありません。むしろ、伝統的な形式を拒絶したはずのデュシャンの方法論自体が、皮肉なことに現代美術の新たな伝統になりつつあります。20世紀美術のどこにでも、デュシャンの影を見出すことができるのです。
本展は、デュシャンを通じて20世紀美術をとらえなおす試みです。デュシャンの初期絵画から晩年の仕事まで約70点を第1部で紹介し、デュシャンの型破りな作品と皮肉や洒落に満ちた言説に触発された国内外の美術家たちの作品約80点を第2部で展示します。