南仏アルビの伯爵家の長子として生まれたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)が、パリのモンマルトルに移り住んだのは、フェルナン・コルモンというアカデミスムの大家のもとで本格的な絵画修行に励んでいた1884年ことでした。もともと風車やぶどう畑が広がる田園であったモンマルトルは、1870年代に入って、ダンス・ホール、カフェ・コンセール、キャバレー、サーカスなどが軒を連ねる一大歓楽地となっていました。ここを拠点とする芸術家も多く、コルモンの画塾や、ロートレックが尊敬したドガやフォランが住むアパルトマンもまたこの地にありました。ロートレックは、画塾の仲間であったエミール・ベルナールやゴッホらと交友し、互いに刺激しあって新しい絵画を模索します。また、アリスティド・ブリュアン、ジャヌ・アブリル、イヴェット・ギルベールらモンマルトルのスターたちと親交を持ち、その姿を生き生きと写し取っています。数々の斬新なポスターに代表されるロートレック芸術はまずモンマルトルのエネルギーの渦中で培われたといえるでしょう。
1890年代以降、ロートレックの舞台はモンマルトルを越えて広がります。ボナール、ヴュイヤールらナビ派の画家たちとの競作、彼らを交えた前衛文芸誌『ルヴュ・ブランシュ』誌をめぐる人々との交歓は、ロートレックに新たな表現の場をもたらしました。「僕はどの流派にも属していない。僕には僕の居場所がある」と語り、その通り、他に類をみない造形を成し遂げたロートレックですが、それらは教えを受けたり憧れを抱いた先輩画家、同時代をともに過ごした画家、文学者、ジャーナリストそしてパリの歓楽街で出会った多くの男女達との交流を通して結実したものでした。
本展は、アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館館長ダニエル・ドゥヴァンク氏の企画監修により、ロートレックと彼が師と仰いだ画家、同時代の仲間達の作品を内外の美術館、コレクターの所蔵品から厳選し、1.@「画学生時代」1.A「モンマルトル」1.B「前衛集団の中で」という3つのセクションに従って紹介するものです。36年の生涯を駆け抜けた画家ロートレックの創作に新たな光を照射する展覧会です。早春のひとときをお楽しみください。