第二次世界大戦後のパリにおいて、揉み紙にグワッシュで描いた特異な絵画作品により絶大な人気を博した中村直人(1905~1981)は、戦前の日本においては、新進気鋭の彫刻家として知られた存在でした。
長野県小県郡神川村(現在の上田市)に生まれた中村直人は、木彫家・吉田白嶺に師事したのち、農民美術運動にも関わりながら、昭和初期の再興院展において、辻晉堂などと並ぶ新世代の彫刻家として活躍します。そして、1937年(昭和12)に日中戦争が勃発すると真っ先に従軍画家として中国へ向かい、その後は陸軍美術協会会員として積極的に戦争関係の美術展で作品を発表します。
中国や南方の風俗を主題とした作品、《九軍神》や《山本司令長官》に代表される軍人像、《楠正成》のような歴史上の人物や《草薙剣》といった日本の神話を題材とし、戦意昂揚を意識したナショナリスティックな作品など、それらの作品が、当時、いかに注目を集めていたかは、敗戦後の1946年(昭和21)、日本美術会が藤田嗣治や横山大観らの戦争責任を追及した際に、彫刻家としてはただ一人、中村直人の名前が挙げられたことからも明らかです。
この展覧会は、中村直人の戦前・戦中期の彫刻を可能な限り一堂に会する、初めての、彫刻を中心とした回顧展です。近年、戦中期の美術を再検証する展覧会や出版が相次ぎ、また、日本の近代彫刻史の研究も進んでいる状況のなかで、中村直人は、これまで充分に検証される機会のなかった存在でした。今回は、戦前の作品や資料、戦後の絵画作品ともあわせて展示することで、彫刻家から画家への転身の背景を探り、中村直人が日本の近代美術に果たしてきた役割を再考します。
(佐久市立近代美術館 油井一二記念館WEBサイトより)