数千年前にインドで誕生した木綿布、更紗(さらさ)は、衣服や宗教儀式、室内装飾など、さまざまな用途に用いられてきました。茜や藍など天然の染料を使って色鮮やかに染め上げ、濃密な文様を施した木綿布は、主要な交易品として古くから珍重されました。
少なくとも1世紀には東南アジアやアフリカへと渡り、17世紀にヨーロッパ各国で東インド会社が設立されると、世界中に輸出されるようになります。日本では「更紗」と呼ばれる一方、英語圏では「チンツ」として知られるようになりました。
インド出身の世界的コレクター、カルン・タカール氏の貴重なコレクションを、日本で初めて紹介する「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」が東京ステーションギャラリーで開催中です。

東京ステーションギャラリー「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」会場
最初に紹介するのは、有名な物語『ラーマーヤナ』の主人公・ラーマの戴冠式が描かれた、寺院用の掛布です。
ホラ貝を持つラーマの手が中段左端にわずかに見え、その隣に妻のシーター、王権を象徴するパラソルを掲げた弟が描かれています。登場人物を防染による白い輪郭線で囲い、青色の染色を用いていないことから、南インド、もしくは北スリランカの工房で製作された可能性がある作品です。

第1章「インド地域の更紗」
インドネシアで発見された13〜14世紀の儀礼用の布には、エジプトで発見された10世紀ごろの裂に似た文様が見られます。このことから、インドから船載された布が、アフリカ大陸や東南アジアの島々に伝わっていたと考えられ、当時すでに広い地域で文様や意匠が共有されていたことがわかります。

第2章「初期アジア貿易における更紗」
9世紀の南インドの詩聖マニッカヴァカカルの人生譚を伝えている更紗は、長さ約8メートルにもおよぶ大作です。マニッカヴァカカルが弟子とともに南インドを旅し、寺院都市・チダンバラムにたどりつく場面をえがいたもので、40以上の場面が3段構造で配置されています。主要な場面のほとんどに、タミル語の書き込みもそえられています。

《白地マニッカヴァカカル物語図更紗掛布》カルン・タカール・コレクション、ロンドン
3階のフロアの最後に紹介するのは、タイ王室によって発注され布地から仕立てた珍しい衣装の一例です。 タイの守護神・キアーティムックが描かれ、日食の前兆となるヒンドゥー教のラーフ神を表しています。

《ラーフ神文様更紗上衣》カルン・タカール・コレクション
2階では、ヨーロッパや東南アジア、スリランカなどグローバルに展開していった更紗を紹介します。
鮮やかな色彩だけでなく、肌触りの良さや水洗いも可能な機能性の良さからも、ヨーロッパでは更紗が広まります。ヨーロッパの人たちの好みに合わせた花文様は、室内装飾用の掛布だけでなく服飾品にも展開していきます。

第3章「ヨーロッパ向けの更紗」
オランダの女性が一時期身につけていたのは、木綿の胸飾りです。 2枚の長方形の布を繋いだもので、胸から背中にかけてアーチを描くように身に着けます。 オランダのユトレヒト州スパケンブルフ村では、今でも着用されることもあるようです。

《胸飾り(クラップラップ)》カルン・タカール・コレクション、ロンドン
岩山から花を咲かせたエキゾチックな立木の文様は、17世紀後半のヨーロッパ室内装飾用更紗の中で、最も人気があるデザインでした。
大輪の花と華やかな縁取りとは、手描きと手染めで精巧に作られています。樹の幹に紫色が施され、大きな花の内側には防染による細かな白抜きと色彩のバリエーション豊かな装飾がみられるのも特徴です。

第3章「ヨーロッパ向けの更紗」
ヨーロッパの人たちは、産業革命により更紗の生産をインドから自国製へと切り替えていきました。
異なる年代と産地の生地を集めて18世紀に制作された、ベッドセット。2本の白地の更紗に赤い花唐草紋様の縦縞がインド更紗、濃紫地の更紗とその外側の白地に濃紫の花唐草文様の更紗がヨーロッパ製です。インド更紗の生地が足りなかったため、ヨーロッパ製の更紗が足されたものと考えられる、18世紀の木綿染色の歴史を物語る作品です。

《草花文様更紗ベッドセット》カルン・タカール・コレクション
南インドかスリランカの植民地時代の建物の中での生活を想像して描いた更紗も紹介します。宮殿や砦、寺院といった公共空間と私的空間が混在した場面を、段に分けて描く様式がとられています。多くの登場人物が制服を着た兵で、周囲の枠には円花文様と花飾りのバリエーションとして、馬上の人物や若い女性が向き合う形で配されています。

第4章「デザインのグローバル化とローカル化」
最後の展示スペースでは、日本における更紗の受容を、18世紀の日本の出版物や茶道具から解き明かします。
茶人として知られた大名・松平不昧(1751-1818)に愛顧され、目利きとして知られた吉村観阿(1766-1848)が所蔵していた茶碗。様々な更紗裂をつぎはぎして作られた内箱の包裂は包んだ時に、松平不昧の手とされる「雨漏」の文字の刺繍が表にみえるように計算されつくしています。

第4章「日本における展開」
展覧会は、東京開催の後、山梨、福岡、三重、兵庫へ巡回予定です。
更紗の世界に浸った鑑賞後はミュージアムショップへ。展覧会オリジナルのトートバッグ、マルチクロスやマグネットなど会場の世界観を持ち帰ることができます。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2025年9月12日 ]