室町時代に大成された能と、武家社会で長く育まれてきた茶の湯。住友家では、これら二つの芸能・作法が、客人を迎えるための重要な「もてなし」として大切に受け継がれてきました。
能を深く愛した住友家十五代当主・住友吉左衞門友純(春翠)と、能楽師・大西亮太郎との交流を軸に、住友家におけるもてなしの美学を紹介する展覧会が、泉屋博古館東京にて開催中です。

泉屋博古館東京「もてなす美 ― 能と茶のつどい」会場入口
泉屋博古館東京ではこれまで、絵画や工芸、青銅器などのコレクションを紹介してきましたが、能装束をまとまったかたちで展示するのはじつに20年ぶりです。約100点を数える能装束は、能を好んだ十五代当主・住友春翠によって集められました。
その特徴は、唐織や狩衣などの表着から、着付、袴まで、演能に必要な一式がそろっている点です。これらの装束の多くは、単なる鑑賞用ではなく、実際に演能に用いる目的で集められたことがうかがえます。

第1章 謡い、舞い、演じるために ― 住友コレクションの能装束

第1章 謡い、舞い、演じるために ― 住友コレクションの能装束
能が武士のたしなみであった江戸時代、大阪の有力商人らのなかにも能を稽古する者が多く、住友家でも当主みずからが能を演じていました。十五代の春翠も、客人を迎える際にしばしば演能を催しました。
春翠の能の師は、大西亮太郎です。謡と仕舞を稽古するだけでなく、能道具の収集においても亮太郎の助力を得ました。能装束だけでなく、能面や笛、小鼓といった諸道具まで、亮太郎を通じて収集されています。

第2章 もてなす「能」 ― 住友家の演能と大西亮太郎ゆかりの能道具

第2章 もてなす「能」 ― 住友家の演能と大西亮太郎ゆかりの能道具
住友家では能とともに、江戸時代半ば頃より茶の湯を饗応の一環として取り入れました。春翠は幼い頃から茶の湯に親しみ、大正期にはとりわけ熱心に茶会を催し、そこで用いる道具の収集にも力を注いでいます。
能楽師である大西亮太郎も、余技として茶をたしなみ、茶の湯を介して春翠と交流を深めました。本展では、亮太郎が参加した茶会で用いられた茶道具を紹介し、ふたりの親密な交遊をたどります。

第3章 茶の湯の友 ― 春翠と亮太郎
酒井抱一が下絵を描き、蒔絵師・原羊遊斎が蒔絵を施した《椿蒔絵棗》は、金銀の薄肉高蒔絵で椿が表された優美な棗です。
春翠は、この棗を大正8年(1919年)2月の茶会における最後の薄茶席で披露しました。棗に込められた洗練された美意識から、春翠のもてなしの心を感じることができます。

《椿蒔絵棗》原羊遊斎 江戸時代・19世紀 泉屋博古館東京
最後の展示室では特集展示として、金糸など染織の技法の中で金属が用いられている作品とともに、住友金属鉱山株式会社が開発したSOLAMENT(R)が紹介されています。
レアメタル由来のナノ微粒子から出来た素材テクノロジーで、近赤外線を吸収し、遮熱、発熱等の機能を発揮。現代でも金属を用いてアパレル領域に新たな可能性を示す試みが進行中です。

特集展示 染・織・刺繍をいろどる金属、そして新たな可能性 《DOWN-LESS DOWN JACKET》住友金属鉱山株式会社 2023年
能装束や能道具、そして茶道具を通して、当主・春翠と能楽師・大西亮太郎の親密な交流を浮き彫りにする展覧会。住友家が大切にしてきた「能と茶のつどい」の粋を堪能することができます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年11月21日 ]