ゲルハルト・リヒターは、1932年にドレスデンに生まれ、地元の芸術アカデミーで絵画を学んだ後、ベルリンの壁が国を分かつ直前に西側の芸術都市デュッセルドルフに移住します。アンフォルメル(非定形芸術)やポップ・アートなど、西欧の前衛美術に啓発されたリヒターは、ほどなく、新聞や雑誌の写真を大きくカンヴァスに描き写し、仕上げに画面全体をぼかした独自の作風で油彩画を描き始めます。
しかし、「フォト・ペインティング」と呼ばれるこのスタイルにとどまることなく、色見本のように数多くの色を並べた「カラー・チャート」、灰色の筆触で塗り込めた「グレイ・ペインティング」、鮮やかな色彩を幾重にも織り込んだ「アブストラクト・ペインティング」など、表現を異にしながらも、見る者を強く惹きつけ、幻惑するような絵画を次々に生み出し、それらを同時並行に手がけていきました。近年では、周囲の世界をぼんやりと映すガラスも制作に用いています。
こうしてジャンルを超え、多面的な展開を続けてきたリヒターは、絵画の古い伝統に倣うだけではありません。映像が蔓延する現代だからこそ、あらためて「見ることとは何か」と私たちに問いかけ、今日の、そして未来の絵画の可能性を切り拓こうとしているのです。
2001年に当館で開催された『ゲルハルト・リヒター ATLAS』展では、リヒターのライフワークである写真による膨大なイメージ・アーカイヴ《ATLAS》を日本で初公開し、熱狂的な支持を集めました。リヒター氏本人の前面的協力を得て開催される本展は、リヒター・ファンにとって、まさに待ち望まれた展覧会であるとともに、多くの人がリヒター芸術の真髄に触れる、またとない機会になるでしょう。