幻想的な作風で知られるオディロン・ルドンは、フランス象徴主義を代表する画家です。なかでも、青春時代の挫折を通じて辿り着いた版画作品は、自らも「私の黒」と呼び、自由奔放な想像力と高い精神性に特徴付けられる独特な世界を形成しています。この画家の一時期を覆いつくした「黒」は、ゴーギャンら当時の若い前衛画的な芸術家たちから絶賛されました。
本展は、ルドンの世界的なコレクションを誇る岐阜県美術館が所蔵する版画作品の中から、「黒」の作品を中心にご紹介するもので、引き立つ黒の世界を一望頂ける、これまでにない展覧会です。またルドンの人生にもスポットを当て、油彩やパステルを加えた全200点をご紹介します。
19世紀末にフランスで生み出されたイメージが、現代の私たちをつかんで離さない-。まるでいま時のマンガ家が渾身の想像力で作り出したような怪物たち。しかもこの作家は、非常に精神性の高い、ほとんど瞑想にいざなうような作品群も私たちに送り出しています。色は「あらゆる色の中で一番本質的な」黒。そこには何か極限まで突き詰めたような、その絵でしか説明できないような作者の思いが込められているのです。
しかしそれは私たちに伝えようとするメッセージではありません。それはオディロン・ルドン(1840-1916)という、ある孤独な芸術家が見た夢であり幻想だったのです。ボルドーに生まれた彼はその2日後には里子に出され、親兄弟と別離し、殺風景な荘園が広がる親戚の老夫婦に育てられるなかで次第に心を閉ざしていきます。逆に、現代にも通じる普遍性はここにあるといえるでしょう。
その心の闇は、黒という色彩で彩られることになります。植物学者クラヴォーを通じて知った顕微鏡下の不思議な世界や、彼から導かれたエドガー・アラン・ポーやフロベールなどの怪奇な物語との出会い、そして放浪の版画家ブレスダンを通じて学んだ版画の魅力と想像力の重要性-。そしてその闇はいつしか、多くの異形の者たちが住まう魅力的な王国へと変貌を遂げていったのです。
本展は岐阜県美術館の世界的に有名なルドンの素描と版画のコレクション200点により構成され、美術史上きわめてユニークな「黒の世界」を堪能できる稀有な機会となることでしょう。