音楽やファッション、映画、小説など、現在、様々なカルチャー・シーンでゴス/ゴシックと形容される現象がある。「マトリックス」や「イノセンス」などのSF 映画、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』をはじめとするサイバースペースを舞台にした小説、マリリン・マンソンや日本の「ヴィジュアル系」と称される音楽バンド、ストリートから発生したパンク・ファッションなど、これらの現象は、黒でかためた服やメイク、幽霊や怪物、人工的世界など、いくつかのキーワードで括られるスタイルとして確立している。しかし、そもそもゴスという名称は、12 世紀~16世紀にかけてヨーロッパで拡がりを見せた芸術様式の「ゴシック」に由来する。ただし現代のゴス・カルチャーは、中世のゴシック文化から直接影響を受けたものではないどころか、ほとんど無関係といっても過言ではない。むしろ、中世ゴシックのリバイバルとして展開した19世紀イギリスの中世懐古趣味から生まれ
た幻想的文学を直接のルーツに持つものである。そこから転じて、現在では、幻想的・怪奇的なもの、死や夜、病的なもの、狂気、トランスジェンダー、装飾過剰なイメージなど、健康的で保守的な価値観とは対立するような趣味一般を指すものとして捉えられていると言えよう。
こうしたポップ・カルチャー全般におけるゴスの隆盛は、いわゆるファイン・アートの領域からは一線を画して展開しているものである。しかしながら、ともすれば悪趣味といえる過剰さ、異形の生物や変容する身体の表現、皮膚、体液など局所的な肉体の要素を通して自己のアイデンティティーを見つめ直そうとする表現など、現代の作家たちが取り入れているいくつかのモチーフや表現の中には、「ゴス/ゴシック」に通じる要素が存在する。これらは、単なる退廃趣味といった表現のスタイルとしてあるのではない。むしろ、それらゴス/ゴシック的な表象の中に、世の中の保守的な趨勢から逸脱していこうとする者たちにとってのリアリティを認め、その攻撃的に見える表現とは裏腹のイノセントさ、儚さが隠されているといえよう。
翻ってみれば、ポップ・カルチャーにおけるゴス/ゴシックもまた、今や単純なスタイルを超えて、ある種の生き方を示す用語としても機能している。タトゥー、ピアッシングなどの身体改造、死や病に向けられる視線は、単なる趣味ではなく、保守的な世界に立ち向かおうとする自己�現のありようそのものなのである。
本展では、世界的な活動を展開する6 組のアーティストによる立体、絵画、映像、写真作品、約200 点を通じて、現代美術におけるゴス/ゴシックを紹介する。現代美術の領域で高い評価を受けている彼らの作品は、若い世代を中心に世界的な共感を呼ぶゴス/ゴシックの本質について、あらためて考えるきっかけを与えてくれるに違いない。