山形県酒田市(旧・飽海郡酒田町)に生まれた土門拳(1909-90)は、画家になることを夢見ながら、少年期を東京・谷中と横浜で過ごしました。長じて社会運動に参加しながら苦悩の日々を送る中、昭和8(1933)年、母の勧めで上野の宮内幸太郎写真場に入りますが、やがて目指す写真の方向性の違いに気づき、社会性の強い写真を発信し続ける名取洋之助の興した日本工房へ移り、報道写真家として手腕を発揮しました。
昭和14(1939)年、美術史家・水澤澄夫の案内で室生寺を訪れたことを機に、奈良や京都の寺院、仏像を繰り返し訪れるようになり、土門拳の代名詞ともいえる「古寺巡礼」シリーズを撮り始めます。また、文楽、陶芸、華道といった日本の伝統、「風貌」シリーズに代表されるような著名人の肖像や、下町の子供たちの生き生きとした表情、女優と文化財をテーマに撮影した『婦人公論』の表紙など、多岐にわたる作品を残しました。
また、昭和35(1960)年には、福岡・筑豊の炭鉱に生きる人々の貧窮する状況を伝えようと、ザラ紙に印刷した写真集『筑豊のこどもたち』を100円で販売し、10万部を売り上げるなど、既成の概念にとらわれることのない活動には、鋭いリアリズムの眼が光るとともに、土門拳が語った「ぼくの好きな日本人が苦悩する様を、横目に見て通りすぎることができなかった」という日本人を愛する思いが根底にありました。晩年、数度の脳出血に倒れながら、なおも写真を撮り続けようとした気迫と執念の写真家・土門拳の名は日本写真史の中で今も異彩を放っています。
本展は、武蔵野市の友好都市でもある山形県酒田市に昭和58(1983)年に創設された(財)土門拳記念館のご協力により開催されるもので、同館の約7万点の所蔵品の中から約120点を選び、5つのテーマにわけ、土門拳のエネルギーあふれる写真の数々を紹介します。