「静物画」とは、花や果物、狩の獲物や魚介類、楽器や道具など、身の回りの品々を描いた絵画です。静物画の歴史は古く、古代ギリシア・ローマ時代から、壁画の中に果物や野菜などの食料品が実物そっくりに絵かれ、見る人の目を楽しませていました。キリスト教が支配的になる中世においては、感覚を喜ばせるだけの静物画は表向き衰退しますが、キリスト教の教義を示した宗教がの中で、たとえば薔薇や百合の花は聖母マリアを表すといった具合に、さまざまなシンボルの形で生き延びました。
17世紀になると、宗教画から独立して、風景画や人々の日常を描いた風俗画、静物画などのジャンルが発達し、とりわけ偶像崇拝を禁止した新教国オランダなどで隆盛を極めることになります。花びんからこぼれんばかりに咲き誇る四季の花々、狩猟の獲物を積み上げた台所のデーブル、山海の珍味と貴重な陶磁器、ガラスの器などを描いた絵画。時あたたかも西欧諸国が、世界各地に版図を広げていった時代です。貴族や上流階級、裕福な商人たちが世界各地から集めた財宝と高価な輸入品を描いた静物画は、彼らのステイタス・シンボルでもあり、画家たちが様々な素材の質感を巧みに描き分け、実物そっくりに再現する技巧を競う合う場でもありました。
とはいえ西洋美術の歴史の中では、静物画は長い間、ランクの低い芸術とみなされてきました。単に現実を「猿真似」するだけの装飾的な形式であって、歴史画(宗教画や神話画、史実を描いた絵画など)のように、想像力や知性を必要としない芸術として軽視されてきたのです。ところが、その静物画のジャンルが、19世紀末から20世紀初頭に、芸術上の実験の場と化すことになります。セザンヌの革新的な静物画、ピカソやブラックのキュビスムは、これまで凡庸な画家の仕事とみなされてきたジャンルの中から誕生したのです。また1960年代に登場するネオ・ダダやポップ・アートは、芸術と卑近な日常生活を結びつけ、大量生産される商品などを絵画のモチーフに選びました。今回の常設展では、静物画のモチーフが、現代美術の中でどのように表され、芸術作品の中に組み込まれてきたかを、立体作品も含めた多様な表現の中に探っていきたいと思います。