資生堂アートハウスでは、現代の讃岐漆芸における代表的存在であり、蒟醬(きんま)の技法で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された、磯井正美(いそい まさみ・1926-)の展覧会を開催いたします。
蒟醬は中国南方を発祥の地とする漆芸の加飾技法で、漆器の表面に蒟醬剣と呼ばれる刃物で文様を彫り、そこに色漆を充填してから研ぎ出して模様を表します。わが国にはミャンマーなどを通じて室町時代以降に渡来しましたが、これを江戸時代後期に日本的な漆芸品として確立させたのが、高松藩の玉楮象谷(たまかじ ぞうこく)でした。
象谷以降この地では、蒟醬や彫漆などの技法を駆使した独自性に富む漆芸品を生み出すことになりますが、ここに点彫りによる絵画的な表現を導入し、蒟醬の表現を一新したのが磯井如真(いそい じょしん)でした。
磯井正美は如真の三男として生まれ、父の下で漆芸を学びました。蒟醬の革新者として豪奢、華麗な作風を特徴とした如真に対して、正美は細やかな心配りの下にモチーフの多くを自然から採り、植物や生き物はもとより、陽炎や波など変転する自然現象までをも自在に表現する独自の作風を確立しました。また、彫りや塗り、素地についてもさまざまな技法を創始し、蒟醬の世界にこれまでには求め得なかった清新な表現をもたらしました。
磯井正美と資生堂の縁は、資生堂が1975年から95年にかけて開催した「現代工藝展」に始まります。
磯井は1978年の第4回展からメンバーとして参加し、作歴を代表する作品を次々に出品しました。
今回の展覧会は、国内最大の磯井コレクションを所蔵する高松市美術館をはじめ、美術館や個人所蔵家の協力の下、初期から近年までの代表作47点ならびに周辺資料を集めて開催する、本州では初めての本格的な回顧展です。
人間国宝・磯井正美の芸術とその制作の歩みをご覧いただける貴重な機会となります。