既存の美術教育を受けずに、作品を作るアーティストたち。「アール・ブリュット」「アウトサイダー・アート」などと呼ばれるこれらの作品が、美術として注目されるようになったのは、20世紀に入ってからです。
美術のイロハに縛られる事なく、表現したいという欲求が全面に押し出された彼らの創作は、いわゆる美術品を見慣れた私たちの目には新鮮に映ります。
ただ、作り手は知的障害や精神障害のある人も多く、創作の場が自宅や福祉施設という事もあり、その作品はなかなか世に出てきません。今回、そのような展覧会が、日本の美術教育の頂点である東京藝術大学の美術館で行われるというのも、興味深いところです。
展覧会の出展作家は25名、作品総数は約200点というボリューム。ここでは目についた作品をご紹介いたします。
会場
隅々まで描き込まれたカラフルな絵画は、魲万里絵さんの作品です。モチーフはふくよかな女性に、性器や乳房、ハサミなど。出産を連想させるその絵画は、呪術的といえる迫力に満ちています。魲さんは28歳頃から絵画を描き始めました。
魲万里絵
床一面に広がる、小さな人物像。作者である山際正己さんの名前から「正己地蔵」と呼ばれています。帽子を被り、大きな目、厚い唇。身体は省略され、手を前で組んだその姿はどことなくユーモラスです。
山際さんは、その日のコンディションで作られる大きさが変わる「正己地蔵」を、1992年から日々つくり続けています。
山際正己《正己地蔵》
トゲトゲの立体作品は、澤田真一さんによる陶芸オブジェです。目がついていますが、人でも動物でもない不思議なかたち。アフリカンアートを思わせる、素朴ながらも力強い作品です。4歳頃から模型を作っていたという澤田さん。粘土造形は2000年頃から始めました。
澤田真一《無題》
隣の展示室に移り、小さな動物が並んでいるのは、渡邊義紘さんの作品です。全て茶色なのは、なんと枯れ葉で作られているため。近寄ってみると、確かに葉脈らしきものも見られます。
枯れ葉を折り紙のように折って立体的な作品を作るのは、渡邊さんのオリジナル技法。ネズミやゾウなど、愛らしい姿が見事な手技で表現されています。
渡邊義紘《折り葉の動物たち》
紙に鉛筆で書かれたドローイングは、戸來貴規さんが10年以上に渡って連日描いてきた日記。一見すると文様のように見えますが、表面には日付、気温、天気。裏面にはその日に自分が行ったことなどが書かれています。描いた面の中心に穴をあけて紐を通して束にするのも、戸來さん自身による独特な保管方法です。
戸來貴規《にっき》
ぜひご紹介したいのが、この展覧会で実施されている「ロボ鑑賞会」。会場には遠隔操作できるロボットが用意され、これを自宅などから操作する事によって、会場内を自由に巡りながら鑑賞する、というものです。
手前が「ロボ鑑賞会」で使われるロボット。実際に会場を走行します。
もちろん「あたかも会場で見るかのように」とまでは言い切れませんが、思っていたよりずっと映像もクリアで、キャプション類も難なく読めるほど。コロナは元より、別の理由で移動が不自由な方でも展覧会を楽しめるのは、大きな可能性を感じました。会期末まで予約が埋まってしまっているのが、ちょっと残念です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年7月22日 ]