「美しき古都　伝統が奏でる幻想と静寂」

　昭和37年、東山魁夷はかつてのドイツ留学の際に訪れることのなかった北欧へのスケッチ旅行に出かけます。この北欧旅行は、自然と人々の暮らしが密接に関係しながら共存していることに気付かされる旅となりました。環境や風土が地域特有の文化を育むといったことは、日本においても見ることができるという川端康成の助言により、魁夷は昭和39年頃から頻繁に京都を描くようになります。魁夷は、失われゆく古都の風情に深く魅了され、昭和43年京都の四季を描いた一連の作品『京洛四季』を完成させました。翌年、川端の随筆『都のすがた－とどめおかまし』のなかでノーベル文学賞の授賞式について触れ、「はからずも私は近くストックホルムに旅立って、ルシア祭りのクウイン、ミス・スエエデンの冠の上の蝋燭に火をともす役を惠まれたのも、東山さんとの淺からぬ所縁であろうか。東山さんの檜は北欧の旅行きの強いよろこびから、日本のふるさと帰りの、なつかしくあたたかいみやびの清新自由が、こんどの『京洛四季』である。」と記しました。魁夷は、さらにこの『京洛四季』の取材をしたことをきっかけとして、ドイツ・オーストリアの古都を巡る旅に出ました。ドイツは美術学校卒業後に訪れた思い出の地ということもあり、美しい自然と永い歴史のなかで育まれたヨーロッパの風情を探訪しました。思いがけない北欧での自然と人々との出会いという体験は日本の京都そしてさらにドイツ・オーストリアにまで及び、その後の魁夷の風景画としての方向性を決定付ける大きな要因となりました。 　本展覧会では、自然への共感と伝統的な習慣や風俗からなる東西両洋それぞれの国特有の風情を描き続けた東山魁夷の生命感あふれる風景画を紹介するものです。