絵画の歴史を紐解くとき、それはフレスコの足跡を辿ることに他なりません。古代ギリシャの貴重な壁画「燕と百合」、エトルリア墳墓内の活力溢れた人物像、そしてベスビオ火山の噴火で灰に埋もれたポンペイ街の絵画はフレスコによって現在まで伝えられています。また中世絵画にまで影響を与え続けたビザンティン美術の教会画もフレスコによって描かれました。さらに、ルネッサンス時代となるとジオット・ディ・ボンドーネが創案したとされている「ブオン・フレスコ」によってフレスコは進展します。ここでは「ジョルナータ法」という画面下地を塗り継ぐ方法によって大画面を構成することが可能になりました。そしてタブローが主流となる18世紀頃まで、フレスコは絵画の大きな位置を占めていました。まさに、人類の歩みと共にフレスコは描かれ、時を超えて色彩を留めてきたと言っても過言ではありません。
では、なぜフレスコは時の侵食に耐えられたのでしょうか。その秘密は下地に用いられる石灰層と顔料が作り出すフレスコ現象にあります。人類最古の絵画、旧石器時代のアルタミラ洞窟壁画が今日まで彩色を留めている理由は、実は洞窟内の石灰岩表面に描かれたことが幸いし、「天然のフレスコ」となったからでした。
本展では、フレスコを成立させている根源であるこの石灰に注目して、地中海からアジアまでの歴史的フレスコの「裏」に迫り、技法解明とそのプロセスを公開します。そして石灰下地の絵画をフレスコとして共通の視座とする時、敦煌莫高窟や高松塚古墳壁画も同じ範疇であることが明らかになり、ユーラシア大陸を跨ぐ新しい絵画文化論が浮かび上がります。
本展のもう一つの見所は、この研究成果を踏まえていかにして現代へ発展させることができるかというテーマにあります。壁や支持体を介して成立するフレスコは現代建築の作り出す空間と一体となり、そこに関わる人々へ向けてのプレゼンテーションとなるに違いありません。フレスコを通じてアートと社会の未来を提案いたします。
そして、なによりもこの日本において、フレスコを身近に感じる機会を提供したいと考え、その美しさと魅力をご覧いただければと存じます。