桑原は家業の質店を継ぐかたわら、街に出てはライカのシャッターを切りました。後に写真集『東京昭和十一年』(晶文社刊、昭和49年)にまとめられたこの時期の作品のなかには、今では無形民俗文化財に指定される世田谷の風物誌・世田谷ボロ市も含まれています。昭和53年に発表した作品集『東京長日』(朝日ソノラマ刊)は、世田谷に転居した桑原が近所や東京を撮りためたものですが、数十年という時代を超えても変わらぬ桑原の対象をみつめる確かなまなざしに気づかされます。自分を主張したり、スタイルを追ったりせずに、生活者としての視点を常に持ち続けて「街・人・出来事」を撮影した写真家でした。師岡もまた、桑原と同様に写真雑誌の編集に長く携わりながら、自身が歩いた風景を撮り続けた写真家です。師岡も東京という地にこだわり、『思い出の東京』、『思い出の銀座』、そして昭和51年に『思い出の武蔵野』(講談社刊)という写真集を発表しました。『思い出の武蔵野』は、雑木林や民家、そして田畑で作業する農夫の姿など、おそらく向井も目にした風景が「武蔵野を歩く」彼の手にしたライカによって収められています。師岡は戦時中にも写真が撮れるようにと、武蔵野の農家3カ所にカメラとフィルムを疎開させ、農家に通う行き帰りに「平和な武蔵野」を撮影しました。その「思い出」がこの写真集を作らせた動機のひとつかも知れません。人物や街、民家のある風景は、向井とふたりの写真家に共通するモティーフです。本展では、絵画と写真という異なった表現をあわせ見ながら、対象に注がれたそれぞれの作者のまなざしを探ります。写真の記録性と絵画の写実性が私たちの心に反映し、そこに生まれる感興を味わっていただきたいと思います。