「私と彼女の対話は具体性を持たない。姿をなぞろうと意気込む頃には、いつのまにかすり抜けてどこかへ行ってしまう。曖昧な瞬間の連続は、全体を明確に捉えられることを待たずに拡がりながらも、手元に残り続けた何かが、かたちを与えようとする」
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この度、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAでは、伊藤早樹子個展「カメのしじみ」を開催致します。本展では、伊藤が同居しているカメの「しじみ」の日常に関する記録資料や、彼女との「対話距離」から着想した作品を用いてインスタレーションが展開されます。
カメの「しじみ」と伊藤との出会いは、2014年の秋でした。
大学院進学をきっかけに京都に来てからずっと「その土地に立っていない」ような感覚を持ち続けていた伊藤は、青森にて個展のリサーチをしている最中、八百屋に並んでいたメロンに目が止まり、その「重量」を強烈に感じて惹きつけられるという体験をします。それは、ずっと浮遊しているかのような状態にあった伊藤の身体に「着地点」が与えられた瞬間でした。2014年の夏、青森県立美術館・八角堂で行った個展「イマイマスメロン」は、まさにこのことに着想を得たものです。「イマイマス」とは「今、います」という意味で、彼女自身が着地した「点」を表しています。
展覧会の会期が終わり、彼女が作り上げたメロン農園が撤去された時、そこに一匹のカメが現れました。「点」が新たな「点」へと繋がるかのようなこの出会いに縁を感じた彼女は、カメを京都の自宅へと連れ帰ります。そして直感的に、カメを「しじみ」と名付けたのでした。
以後、伊藤と「しじみ」は非常に身近な存在として同居生活を続けています。犬や猫などのペットとは異なり具体的な意思疎通の手段がない中で、彼女はひたすら「しじみ」の一挙一動を追うことになります。つながりを確信できないながらも、共に過ごす時間は曖昧なままに蓄積されていきます。その、つかみどころのないアーカイブは、形が定まらないけれど「何か大きなもの」となっていくのです。
「イマイマスメロン」から約一年。その後を継ぐように始まった伊藤と「しじみ」の関係性、そしてそこから何が生み出されるのか、ご注目ください。