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レポート
開館60周年 シャルロット・ペリアンと日本
※2016年1月31日閉館※ 神奈川県立近代美術館 鎌倉 | 神奈川県
日本の伝統とモダニズムの融合
近代建築の巨匠、ル・コルビュジエのアトリエで活躍し、建築とインテリアに数々の優れた作品を残したシャルロット・ペリアン。ペリアンと日本の関係に注目した展覧会が、開館60周年の神奈川県立近代美術館の鎌倉館で開催中です。
展示室1。赤いスクリーンの手前は来日以前の仕事。
商工省貿易局からの委託状など。かなりの高報酬で招かれた。
1941年の「選擇、傳統、創造展」では「展示されるべきものでないもの」のケースに×をつけている。
日本各地で精力的に活動したぺリアン。左写真の左から3番目がペリアン、右隣は坂倉準三。
文楽から着想し、オンブル(影)と名づけられたスタッキング・チェア。
1955年の展覧会で発表された家具。日本での体験を活かしたデザインの家具が出展された。
エール・フランス東京支店の模型。ペリアンの夫はエール・フランス東京営業所の初代支社長だった。
1階彫刻室。
日本で最初の公立近代美術館として1951年に開館した、神奈川県立近代美術館の鎌倉館。特徴的な矩形の建物は坂倉準三による設計で、その坂倉と同僚だったシャルロット・ペリアンは、日本と深い関係を持っていました。

展示室1

ペリアンは1903年、パリ生まれ。1927年にル・コルビュジエのアトリエに入所し、コルビュジエやピエール・ジャンヌレとともに鉄・アルミニウム・ガラスなど、当時としては新しかった素材を用いた内装を発表し、住宅に新しい概念をもたらしました。

ル・コルビュジエのアトリエで同僚だった坂倉準三はぺリアンに岡倉天心の「茶の本」を贈り、ぺリアンは日本との関わりを持ち始めます。そして1940年、坂倉はペリアンを商工省の「輸出工芸指導顧問」として推薦し、初来日に至ったのです。

展示室1

日本で海外向けの工芸品の改良・指導を任される立場となったぺリアンは、柳宗理とともに日本全国をまわって、ヨーロッパのモダン・デザインを指導します。同時に柳宗悦や河井寬次郎らとの交友で「民藝」の理念にも触れ、日本の伝統的な意匠や素材・技術を用いたデザインを手がけました。

1941年の「選擇、傳統、創造展」では、金属で作っていた長椅子「シェーズ・ロング LC4」を竹で作った作品を発表するなど、様々な提案を行ないました。

1階の彫刻室

戦火の高まりとともに日本を離れたペリアンですが、1953年に再来日。1955年には東京で開催した展覧会では、違い棚をヒントにした書架など、自身の日本体験を生かした作品を発表しています。

その後も日本との関わりがある仕事を手がけており、エール・フランスの東京と大阪の営業所をデザイン、パリ日本文化祭では茶室を設計、最晩年の1998年にも来日こそできなかったものの、リビングデザインセンターOZONE(新宿)で個展が開催されています。

日本式の浴槽にも興味を示すなど、生活のあらゆる場面で、日本の習慣や美意識に興味を持っていたぺリアン。いかにも快活そうなぺリアンの写真からは、遠い異国の地に深い愛情を感じていた彼女の生きた姿が浮かび上がってくるようです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2011年10月28日 ]
 
会場
会期
2011年10月22日(土)~2012年1月9日(月・祝)
会期終了
開館時間
9:30~17:00(入館16:30まで)
休館日
月曜日(祝日は開館)、年末年始、展示替え期間
住所
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53
電話 0467-22-5000
公式サイト http://www.moma.pref.kanagawa.jp
展覧会詳細 開館60周年 シャルロット・ペリアンと日本  詳細情報
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