ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち ―悳俊彦コレクション

37名の‘最後の浮世絵師’

江戸時代を代表する文化といえる浮世絵。浮世絵の全盛期が江戸時代である事は間違いないですが、その歴史は明治に入っても長く続いています。今では歴史に埋もれてしまった明治の浮世絵を紹介する展覧会が、太田記念美術館で開催中です。

  • 山本昇雲《いま姿 三すじ》明治40年(1907)
  • 池田輝方《川俣絹布整練株式会社 浮世絵カレンダー》明治42年(1909)
  • 水野秀方《美人に雪うさぎ》
  • 楊斎延一《仁田四郎 冨士ノ真躰ヲ見ル図》明治25年(1892)
  • 尾竹国一《自転車に乗る美人》
  • 尾形月耕《曽我兄弟主従東西に別る図》明治17年(1884)
  • 尾形月山《龍王廟大混戦》明治37年(1904)
  • 安達吟光《神武天皇東夷征討》明治24年(1891)
  • 宮川春汀《美人十二ヶ月 其一 追羽子》明治31年(1898)

‘最後の浮世絵師’で検索すると、まず出てくるのが小林清親と月岡芳年。「明治の広重」こと小林清親と、「血みどろ絵」で文豪を魅了した月岡芳年の力量に異を唱えるつもりはありませんが、彼らだけが‘最後の浮世絵師’ではありません。

本展では、洋画家であり浮世絵コレクターとしても知られる悳俊彦(いさお・としひこ)氏のコレクションから、明治の浮世絵222点(前後期通して)を紹介します。

第1章は「歌川国芳の系譜」。情に篤く、江戸っ子気質だった国芳。親分肌という事もあり、多くの門弟を抱えていました。月岡芳年や河鍋暁斎は有名なので、ここでは他の絵師をご紹介しましょう。

二代歌川芳宗は月岡芳年の門人。国芳の門人だった、初代歌川芳宗の実子(なんと第11子!)です。新聞の挿絵などで活躍しました。

水野年方も、同じく芳年の門人。鏑木清方の師匠でもあります。初の大規模展が2016年に太田記念美術館でが開催されました。



第2章は「歌川国貞の系譜」。この項では何度も書いていますが、当時は国芳や広重をはるかに上回る人気だった歌川国貞。歌川派のリーダーは、この男です。

国貞も多くの弟子を育てています。豊原国周は師匠ゆずりの役者絵と美人画の名手ですが、今回は愛らしい子供絵が紹介されています。ただ本人は、妻を40人以上替えたという奇人でした。

楊洲周延は国周の門人、戊辰戦争で幕府軍の一員として戦った経歴があり、明治維新後に再び浮世絵師になりました。その弟子の楊斎延一は歴史画や戦争画の名手です。

第3章は「尾形月耕と門人たち」。尾形月耕は独学の絵師で、菊池容斎の『前賢故実』などを手本に技術を磨きました。美しい遠近表現と巧みな構図、そして動きのある人物は見事です。

月耕の弟子には、日本画家として文展や院展などで活躍した山村耕花など。門人で、後に月耕の妻になったのが田井耕耘。二人の間に生まれた尾形月山も、父に学びました。

第4章は「さまざまな流派」。小林永濯は狩野派出身。2015年の東京藝術大学大学美術館「ダブル・インパクト」展の強烈な作品も記憶に残ります。

山本昇雲は、河田小龍の門人。南画家の滝和亭にも学びました。挿絵から日本画でも活躍、本展では美人画が中心に展示されています

小林清親はワーグマンに洋画を学び、河鍋暁斎や柴田是真とも交流しましたが、画技はほぼ独学です。2015年には清親没後100年記念の展覧会が太田記念美術館で開催されました。

明治時代の浮世絵は、美術史的には「時代遅れ」。これまで美術的な価値は注目されませんでしたが、月岡芳年が人気者の仲間入りを果たしたように、今後の株価上昇は必須です。個人的には尾形月耕、そして楊洲周延・楊斎延一の師弟などに注目したいです。

展覧会は前後期で全ての作品が展示替えされます。ご注意ください。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年11月1日 ]

鬼才 月岡芳年の世界:浮世絵スペクタクル 鬼才 月岡芳年の世界:浮世絵スペクタクル

加藤陽介 (著)

平凡社
¥ 1,980

 

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展覧会の詳細

会期

[前期]11月2日(土)~11月24日(日) [後期]11月29日(金)~12月22日(日)