「何を見るんですか?」
子供を通して知り合った親子と、公園で子供を遊ばせながら、たわいもない会話をしている時、「昔、デートで彫刻美術館に行ったけど、何を見たらいいのか分からなかった。」と言う話から出てきた発言です。この問いが、ずっと頭の片隅に残っています。
このデジタルな時代では、大人になるにつれ、「かたち」を作る行為から遠のきます。けれど、世界に触れはじめた幼少期は、素材に触ることからはじまり、積み木、砂場、小石、粘土、ブロック、折り紙など、日々多くの時間を「かたち」を作って過ごします。それは、自分の世界を形作るための過程なのかもしれません。子供の時に夢中で「かたち」を追い求めた時間、子供の作った「かたち」を見るときの軽やかな心持ちに対して、美術館で「抽象彫刻」を鑑賞する時に起こる心理的な距離はいつからできるのでしょうか、それはどこからくるのでしょう。
本展覧会は、いわゆる抽象的な彫刻を作っている伊藤誠の個展です。何をどう見たらいいのか最も分からないものが抽象彫刻かもしれません。
伊藤誠は、先史時代から続く彫刻の歴史の流れにおいて、「かたち」をつくることで、80年代から「彫刻とはなにか?」、彫刻の本質について、独自の観点から追及し続けている彫刻家です。伊藤の彫刻がもつ「かたち」は、日常の中で無意識に行なっている、自動的な認知システムを解除し、新たに世界の認識を作り直します。それは、このスピードと効率を重視する世界において「すぐに答えを出さない訓練」とも言えます。
「かたち」の全容をつかむことが難しい伊藤の幾何学的な抽象彫刻に、近づいたり、離れたり、周囲をまわったりしてみると、見る人それぞれと個別に結びつくイメージや形が浮かんでくることでしょう。それは、現実空間に存在する物体でありながら、経験としての彫刻なのです。
それを、伊藤の言葉に置き換えると『夢を見るための機械』となります。これは、昨年、武蔵野美術大学美術館・図書館で開催された退任展から継続するコンセプトです。今回は、もう一歩、伊藤の追求する彫刻が展開されるような「『夢を見るための機械』を作る方法」を初期から最新作まで50点あまりの作品で振り返り、現地点から、伊藤の活動を紹介する展覧会です。
広報物は、デザイナーのtanukiが手掛け、伊藤の彫刻がもつ「送れてくる感覚」であったり、幾何学から想像する合理性とは逆方向を向いている方向性といった遅延性や不整合性を、ポスターとチラシで体現しています。展覧会風景、伊藤の思考に触れることのできるスケッチや写真、金井直の論考などを収録したカタログも11月頃に刊行予定です。