1940年代末、ニューヨークの画家たちは、巨大な画面いっぱいに激しいアクションで絵具をぶち撒けるように描いたり、あるいはつかみどころのない茫洋とした色面を塗りこめることによって、人間スケールを超えた宇宙観を持ち、同時に現代人の孤独で空虚な自意識を反映したかのような、新しいタイプの抽象絵画≪抽象表現主義≫を生み出しました。その先駆者はアルメニア出身のアーシル・ゴーキーであり、彼はヨーロッパのシュールレアリスム絵画、特にミロやマッソンの『自動記述法』に触発されて、有機的な形態が茫洋とした色面の中を漂う、独特の世界を作り上げました。その成果はジャクソン・ポロックの、絵具を画面にたらして描く『アクション・ペインティング』へと引き継がれました。
クリフォード・スティルは、アクション・ペインティングと並ぶ『色面絵画』派を代表する画家であり、画面の中央と周縁、上下左右が均質に描かれる『オール・オーヴァー』性に特徴があります。色面絵画派は初期の不定期な形から、次第にシンプルな幾何学的形態を用いた作風へと変遷し、やがて60年代末の≪ミニマル・アート≫へと発展しますが、この会場でもバーネット・ニューマン、アド・ラインハートらによる幾何学的な色面絵画や、ワイントンで活躍した抽象表現主義第2世代の画家、モーリス・ルイスとケネス・ノーランドによる、ステイニング(流し染め)技法を用いた作品をご覧いただけます。
アメリカの抽象表現主義と同じ頃、対戦の傷跡もなまなましいヨーロッパでは、戦前の抽象絵画の文法を徹底的に否定し、描くという“行為”の基本に戻ろうとする新しい運動が芽生えていました。評論家ミシェル・タピエによって≪アンフォルメル≫(不定形)と名づけられたこの運動は、絵画を画家の身体の運動の反映(ひいては画面に立ち向かう画家の精神の反映)として捉え、激しい筆触や、素材となる絵具の物質感を強調するところに特徴があります。軽快なドリッピング(したたらせ)技法で描かれた、アメリカ西海岸出身のフランシスの作品は前者の、絵具に砂を混入させて重厚な雰囲気を作り上げた、スペイン出身のタピエスの作品は後者の、それぞれ代表的な作風を示しています。またアンフォルメル運動には今井俊満、堂本尚郎といった日本人画家も参加しており、活動の世界的広がりを示しています。アンフォルメルの主催者タピエによって見出され、世界に広く紹�された、関西の前衛芸術集団が≪具体美術協会≫です。中心となった吉原治良は、戦前から活躍していた前衛画家であり、彼の元に集まった若い芸術家たちは「人のやってないことをやれ」を合言葉に、破天荒なまでの実験精神を発揮して、エネルギッシュな作品を次々と生み出しました。天井からぶら下がって足で絵を描いた白髪一雄、ドロドロの絵具を流して描いた元永定正、ラジコン自動車に描かせた金山明らの作品は、いずれも昭和30年代のアナーキーな空気の中で生まれた金字塔なのです。