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    レポート
    浮世絵を動かした“仕掛け人”たちの物語 ― 太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」
    太田記念美術館 | 東京都
    浮世絵を支えたのは絵師に非ず。企画・制作・販売を担った版元12人に着目
    蔦屋重三郎をはじめ西村屋与八、和泉屋市兵衛、松木平吉、秋山武右衛門…
    成功と衰退、火災や規制、経営者交代など。版元の奮闘と人間ドラマも紹介

    江戸時代に浮世絵の世界を支えたのは絵師だけではありません。作品の企画から制作、販売までを担い、ときに時代の流行をつくり出したのが版元です。なかでも蔦屋重三郎は、喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に送り出し、浮世絵黄金期を築いた名版元として知られています。

    浮世絵の草創期から明治にかけて活躍した12の版元に注目し、鶴屋喜右衛門や西村屋与八、竹内孫八など、名作の背後にいた出版人たちの戦略と挑戦を、選りすぐりの作品とともに紹介する展覧会が、太田記念美術館で開催中です。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より 太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場
    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場


    まずは蔦屋重三郎(蔦重)から。吉原に生まれ、20代で本屋を開業した蔦重は、評判記や黄表紙を手がけ、山東京伝や喜多川歌麿らと組んで時代の人気作を次々と世に送り出しました。狂歌ブームにも関わり、鋭い経営感覚で出版界の中心に躍り出ます。

    寛政の改革で打撃を受けながらも、歌麿の美人大首絵や写楽の役者絵を出版し、浮世絵史に残る名作を生み出しました。文化とビジネスを両立した風雲児でしたが、1797年に48歳で早世。その後は番頭や縁戚が蔦屋を継ぎました。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より 東洲斎写楽《中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権》寛政6年(1794)5月 版元:蔦屋重三郎 太田記念美術館蔵
    東洲斎写楽《中島和田右衛門のぼうだら長左衛門と中村此蔵の船宿かな川やの権》寛政6年(1794)5月 版元:蔦屋重三郎 太田記念美術館蔵


    鱗形屋は明暦期(1655-58)に大伝馬町で創業した江戸生まれの老舗版元です。菱川師宣の絵本や草双紙、吉原細見を刊行し、黄表紙の初作とされる『金々先生栄花夢』(1775)も出版。享保期からは浮世絵版画に参入し、紅絵・漆絵・紅摺絵と移り変わる時代に優品を残しました。

    しかし明和9年(1772)の火災をきっかけに衰退。不祥事への関与も露見し、安永期には急速に勢いを失います。ただし一族は他版元へつながり、次男は西村屋に婿入りして二代目西村屋与八として活動しました。資本力を生かし豪華な「浮絵」を世に送り出した存在感は、今も際立ちます。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より (左手前)鳥居清忠《大川端座敷遊興の図》延享(1744-48)初期頃 版元:鱗形屋孫兵衛 太田記念美術館蔵
    (左手前)鳥居清忠《大川端座敷遊興の図》延享(1744-48)初期頃 版元:鱗形屋孫兵衛 太田記念美術館蔵


    西村屋与八(永寿堂)は18世紀半ばに創業し、春信や清長、若き北斎らを起用して美人画や浮世絵の名作を刊行しました。蔦屋重三郎に対抗し、栄之や豊国らの作品も出版。二代目は「頼まれない作家は起用しない」と語ったと伝わり、独自の経営方針を貫きました。

    三代目の時代には葛飾北斎《冨嶽三十六景》を出版し、風景画出版の集大成を成し遂げます。しかし天保11年(1840)に閉店し、新作出版は途絶え、名義だけが幕末まで残りました。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より 葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》文政13-天保2年(1830-31)頃 版元:西村屋与八 太田記念美術館蔵
    葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》文政13-天保2年(1830-31)頃 版元:西村屋与八 太田記念美術館蔵


    西村源六は享保4年(1719)、京の西村市郎右衛門の出店として開業。俳書を中心に、上方画譜の普及にも積極的で、日本初期の彩色摺画譜『明朝紫硯』や和刻『芥子園画伝』を扱ったことで知られます。文化期には地本問屋に加入し、馬琴『椿説弓張月』などを出版。文政以降は衰退するも、共同出版を重ね、多彩な書物を世に送り出しました。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より 大岡春卜編『明朝紫硯』巻上中 延享3年(1746) 版元:西村源六、渋川清右衛門、松村九兵衛、大野木理兵衛 慶應義塾大学附属研究所斯道文庫蔵[9月13日にページ替]
    大岡春卜編『明朝紫硯』巻上中 延享3年(1746) 版元:西村源六、渋川清右衛門、松村九兵衛、大野木理兵衛 慶應義塾大学附属研究所斯道文庫蔵[9月13日にページ替]


    和泉屋市兵衛(甘泉堂・泉市)は元禄期から活動する地本問屋で、天明期に1枚絵に参入。栄之や春潮の美人画を手がけ、寛政6年(1794)には豊国の出世作「役者舞台之姿絵」を出版しました。その後も京伝・馬琴の合巻や英泉・国貞の美人画、広重の風景画など幅広く刊行。往来物や教科書にも進出しました。

    しかし明治期に偽版制作が発覚して没落。東京随一の流通力を誇ったものの、明治20年(1887)結成の東京書籍商組合には名を連ねず、歴史から姿を消しました。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より (右手前)歌川豊国《役者舞台之姿絵高麗や》寛政7年(1795)5月 版元:和泉屋市兵衛 太田記念美術館蔵
    (右手前)歌川豊国《役者舞台之姿絵高麗や》寛政7年(1795)5月 版元:和泉屋市兵衛 太田記念美術館蔵


    永楽屋東四郎は名古屋の版元で、蔦屋重三郎と提携して江戸に販路を広げました。文化11年(1814)、二代目が『北斎漫画』初編を刊行し、その後も続編を主導。四代目は最終第15編を明治11年(1878)に出版し、約170年にわたり活動しましたが、戦災で焼失し昭和26年(1951)に廃業しました。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より 葛飾北斎画『北斎漫画』初-15編 文化11-明治11年(1814-1878) 版元:永楽屋東四郎、角丸屋甚助ほか 太田記念美術館蔵
    葛飾北斎画『北斎漫画』初-15編 文化11-明治11年(1814-1878) 版元:永楽屋東四郎、角丸屋甚助ほか 太田記念美術館蔵


    松木平吉(大黒屋)は両国広小路の版元で、天保期に事業を拡大。明治9年(1876)、四代目が小林清親を起用し「東京名所図」など洋風表現の風景版画を刊行しました。五代目は月耕・春汀らを起用し輸出や能楽シリーズにも挑戦しましたが、大正12年(1923)の震災と昭和初期の相次ぐ死去で廃業。明治期を代表する版元でした。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より (右手前)小林清親《精鋭我軍占領台湾澎湖嶋之図》明治27年(1894)12月 版元:松木平吉 太田記念美術館蔵
    (右手前)小林清親《精鋭我軍占領台湾澎湖嶋之図》明治27年(1894)12月 版元:松木平吉 太田記念美術館蔵


    秋山武右衛門は明治14年(1881)、数え54歳で創業。それ以前は日本橋で呉服商を営んでいました。創業後まもなく月岡芳年の肉筆画を大判3枚続の錦絵《藤原保昌月下弄笛図》として刊行し、以降は芳年作品に注力。晩年の名作《月百姿》シリーズも手がけ、公私にわたり芳年を支えました。

    その後も芳年門人の水野年方、新井芳宗、右田年英らや、豊原国周、楊洲周延、宮川春汀らの作品を出版。二代目も芳年ゆかりの画家を起用しましたが、明治40年(1907)以降は復刻作品や絵葉書が中心となり、版元としての活動は昭和23年(1948)まで続きました。


    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場より 月岡芳年《東名所墨田川梅若之古事》明治16年(1883)7月 版元:秋山武右衛門 太田記念美術館蔵
    月岡芳年《東名所墨田川梅若之古事》明治16年(1883)7月 版元:秋山武右衛門 太田記念美術館蔵


    絵師と並び、浮世絵を世に送り出した版元たち。彼らの気概や工夫を知ると、名作の見え方もまた新たに広がっていきます。展覧会では、前後期あわせて12名の版元を紹介。前期のみ、後期のみの版元もありますので、お見逃しなく。

    [ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年8月29日 ]

    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場
    太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」会場
    会場
    太田記念美術館
    会期
    2025年8月30日(土)〜11月3日(月)
    開催中[あと64日]
    開館時間
    10:30~17:30(入館17:00まで)
    休館日
    9月1日、8日、16日、22日、29日-10月2日、6日、14日、20日、27日
    住所
    〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10
    電話 050-5541-8600(ハローダイヤル)
    050-5541-8600 (ハローダイヤル)
    展覧会詳細 「蔦屋重三郎と版元列伝」 詳細情報
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