14世紀末以降、西洋において版画は紙の普及にともなって発展しましたが、とりわけルネサンス美術たけなわの16世紀初頭には新技法の開発が試みられ、その結果版画のヴァリエーションが飛躍的に増しました。「キアロスクーロ木版画」もそうして生み出された技法のひとつで、以前の木版画が一色(普通は黒色)のみで表現していたのに対し、多色で表現したもの、つまり多色木版画です。
多色木版画というと、われわれ日本人にとってすぐに思い出されるのは浮世絵版画ですが、キアロスクーロ版画は少々趣を異にしています。というのも、浮世絵版画が赤や黄、青などの固有色を画面上に併置することで画面の平面性を強調し、装飾的な美しさを追及したのに対して、キアロスクーロ版画は複数の同系色(例えば黄色・茶色・褐色)の版を重ね合わせて印刷することによって、明暗や立体性を表現しようとしたからです。“キアロスクーロ chiaro scuro”という言葉自体、イタリア語で“明暗”を意味します。この版画の技法はドイツで発明されましたが、特にイタリアで発展し、その後フランス、イギリス、フランドル(現在のベルギーおよびオランダ南部)、オランダに広まりました。16世紀にとりわけ優れた作品が生み出されましたが、18世紀に至ってもなお、多くの作例があり、愛好のほどが窺えます。
西洋においても、多色木版画という同じ技法が存在したこと、さらにその表現がまったく異なるのを目にすることは、浮世絵版画を新たな眼差しで見つめ直すきっかけともなることでしょう。
本展を構成するのは、版画・素描コレクションで名高いパリのクストディア財団から借用する110点にアムステルダム国立美術館からの2点を加えた計112点です。キアロスクーロ版画の歴史を代表する版画家たちである、ブルクマイアー、ウーゴ・ダ・カルピ、ベッカフーミ、ホルツィウスらの作品が並びます。キアロスクーロ木版画の流れを概観できる日本では初めての機会に、ぜひ西洋の版画芸術の精華をお楽しみ下さい。