当初は『源氏物語』全帖を一具として絵画化が試みられていたとみなされていますが、現在、尾張徳川家伝来の蓬生(よもぎう)・関屋(せきや)、絵合(えあわせ)、柏木(かしわぎ)(一)~(三)、横笛(よこぶえ)、竹河(たけかわ)(一)・(二)、橋姫(はしひめ)、早蕨(さわらび)、宿木(やどりぎ)(一)~(三)、東屋(あずまや)(一)・(二)の九帖十五段分の詞書と絵、および絵が失われ詞書のみが残る絵合の一段が徳川美術館に、阿波・蜂須賀家に伝来した鈴虫(すずむし)(一)・(二)、夕霧(ゆうぎり)、御法(みのり)の三帖四段分の詞書と絵が東京・五島美術館に所蔵されています。これらを合わせた十三帖分と、諸家に分蔵される若紫(わかむらさき)・末摘花(すえつむはな)・松風(まつかぜ)・薄雲(うすぐも)・乙女(おとめ)・螢(ほたる)・常夏(とこなつ)・柏木(かしわぎ)の詞書の数行の断簡、および後世の補筆が著しい若紫の絵の断簡(東京国立博物館蔵)を含めた二十帖分が、九百年近い星霜を経て現在に伝えられています。
絵は、墨書きの下図を描き、構図に微妙な修正を加えながら彩色を施し、さらに顔の輪郭や目鼻、或いは衣や調度の文様を描き起こす「作り絵」で、一線のように引かれた目、「く」の字状の鼻、ぽつんと点じられた小さな口で面貌を表現する「引目鉤鼻(ひきめかぎはな)」、屋根を取り去って屋内の情景が覗き込めるように描く「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」の描法などにより、『源氏物語』の世界を余すところなく伝えてくれます。
詞書・絵ともに現存する十九段のうち十一段は、詞書中に和歌を含み、さらにこのうち六段は登場人物間にかわされた贈答歌を中心に場面が選ばれているので、物語の行間に込められた抒情性や登場人物の心の綾までもが巧みに描き出されています。
詞書は、11世紀以来の伝統を引き継ぐ美しい連綿体(れんめんたい)で書きつづられた流麗な書風や、自由奔放で肥痩にとみ、側筆の重厚で力強い藤原忠通(ふじわらただみち)(1097~1164)にはじまる法性寺流(ほっしょうじりゅう)の書風など、当時の新旧の書の様式が混在しています。また詞書に使用された料紙には美麗な装飾が凝らされており、絵・書と一体となって王朝人たちの美意識を伝えてくれます。
見る者に、深い感動と平安時代の雅びな世界へと誘ってくれる国宝「源氏物語絵巻」を、是非この機会にご鑑賞いただければと思います。