31歳という若さで急逝してしまった銅版画家・清原啓子。その遺された作品数はわずか30点。彼女の全作品は10年の短い期間に制作されている。
清原啓子は昭和30年(1955)、東京都八王子市台町の古川龍治の次女として生まれる。幼い頃から絵を描くことが好きで、銅版画に出会い、生涯この制作手法一本で行きぬくこととなる。物静かで温和な面を持つ一方、几帳面な性格だった彼女は、インドの細密画に魅せられる。そして清原は緻密な線と点の集積による作品を生み出し、異常なまでの細密画面を創り出していく。銅版画にはさまざまな技法があるが、彼女はエッチングにこだわり、作品によっては完成までに1年近くもの時間がかけられた。まるで魂を一線一線刻み込むように・・・。
また、久生十蘭や夢野久作、埴谷雄高などの作家の作品を愛読し、幻想文学世界に陶酔した。中でも、久生十蘭の著『魔都』はいくつかの作品に結実し、「久生十蘭に捧ぐ」という作品を生み出すほどに傾倒している。作家たちの浄化された言葉から得たインスピレーションが、現存する30点の作品に反映されているのが見てとれる。
しかし、清原作品の原動力はそれだけにとどまらない。三島由紀夫、澁澤龍彦の文学作品も彼女の制作に影響を与えている。さらには密教、ゴシック、ルネサンス美術、19世紀の西洋画家リチャード・ダッドも大きく関わっている。彼らの文学・芸術論なくして、清原の作品は存在しなかったに相違ない。
幻想的で常に夢や幻が交錯する清原の世界は、ニードルで丹念に刻み込まれた緻密な線描とモノクロで表現された光と影で描かれている。銅板に向かいあうとき、彼女の中にはどんな世界が浮かび、いかなるストーリーが繰り広げられていたのだろうか。それを読み解くには、遺された作品の数々を熟視するに優るものはあるまい。
本展では、情熱的に文学を愛した画家の28点の作品と原版を彼女自身の言葉を添えて展覧する。妖艶なまでに、夢と現実の世界を行き来した清原啓子の作品を、是非ご堪能いただきたい。