本年は聖武天皇の1250年目の御遠忌に当たります。天皇の崩御より四十九日目に、お后の光明皇后が天皇遺愛の品々600点ほどを東大寺大仏に献納しました。この宝物は正倉院宝庫の北倉に収納され、やがて正倉院宝物を形作る核となりました。今年は正倉院宝物成立にとっても記念すべき年であると言うことができます。
今年の正倉院展の宝物は、聖武天皇の業績を物語る品や遺愛品が多く含まれる点に特徴があります。聖武天皇が国分寺、国分尼寺を建立したことはよく知られていますが、その関連品として続修正倉院古文書第一巻、勅書銅板、金光明最勝王経帙が出陳され、総国分寺である東大寺の前身寺院に関する記録として続々修正倉院古文書第二十四帙第五巻が展示されます。また、聖武天皇の遺愛品として、七条刺納樹皮色袈裟をはじめ、鳥毛篆書屏風、紅牙撥鏤尺、長斑錦御軾などが出陳されますが、光明皇后が宝物を献納したときの目録である東大寺献物帳のうち高名な「国宝珍宝帳」が出陳されることは、特に注目されます。また先述の七条刺納樹皮色袈裟も「国宝珍宝帳」の筆頭におかれる宝物としてとりわけ大切にされてきたことがわかります。なお、正倉院宝物には聖武天皇の遺愛品以外に、大仏開眼会の折に皇族や貴族たちが献納した品々が数多く見られますが、今回は聖武天皇の夫人であった橘夫人が献納した犀角把白銀葛形鞘珠玉荘刀子のほか、おそらく開眼会に際し献納されたと考えられる緑瑠璃十二曲長坏が展示されます。ところで、正倉院宝物は奈良時代から平安時代初期にかけしばしば出庫と入庫がありましたが、中でも天平宝字八年(764)に勃発した恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱に際し、武器武具が大量に用いられたことがもっとも大きな出庫であったと考えられます。今回は馬具や武器が8件展示されますが、そのうち漆葛胡禄は押勝の乱のため一旦出庫され、失われることなく再入庫された品と考えられています。今回の正倉院展は正倉院宝物の成立と宝物のたどった歴史を観覧することができる構成となっています。
聖武天皇が生涯もっとも力を注いだ事業は、東大寺の建立と大仏の造立でした。正倉院展の後半は東大寺で用いられた仏教工芸品の優品が展示されます。籠箱、蘇芳地六角几などの献物箱・献物几をはじめ、白石火舎、黄銅柄香炉、黄銅合子、金銅水瓶、磁皿、磁鉢などの供養具、僧侶が用いた玳瑁如意、法会を荘厳した孔雀文刺繍幡、幡脚端飾�どのほか、法会の楽舞で用いられた楽器や楽人の装束が出陳されます。
このほか、正倉院鏡では唯一の銀貼鏡である金銀山水八卦背八角鏡とその鏡箱である八角高麗錦箱、最近新羅経説が唱えられた大方広仏華厳経巻七十二~八十が出陳されることも注目されます。また、近年宮内庁正倉院事務所で行われた皮革調査の世界を反映し、皮革製品が多く展示されている点にも特徴があります。