1930年代、世界的な経済恐慌の時代をアメリカに生きた彼らは、二つの祖国を持つ者としての苦悩を抱えつつ、アメリカを代表する画家となりました。
岡山から18歳で単身ニューヨークに渡った国吉康雄は、アメリカに暮らす孤独と哀歓を、女性像やサーカスに託し、また身の回りの静物を不安定に積み重ねて自身の感情を表現しました。
ベン・シャーンは、リトアニアに生まれ、8歳のときに家族とともにアメリカに移住しました。鋭い観察眼で社会に起きたさまざまな問題に眼を向け、市井の人々の暮らしを描いてきました。彼の作品からはしばしば、多くの人々が共鳴するメッセージを読み取ることができますが、本展では、その死の一年前に制作した彼の集大成ともいうべき作品群、詩人・リルケの『マルテの手記』に焦点をあてます。また、24点の切なく美しい版画作品とともに彼の重要な仕事のひとつであった壁画の習作も見ます。
野田英夫は、カリフォルニアに日系移民の子として生まれました。幼年時代は両親と離れ熊本の親戚の家に預けられました。18歳の年に単身ニューヨークへ渡り、この地で国吉康雄と出会います。メキシコの壁画家・ディエゴ・リベラやベン・シャーンらとともに壁画制作の仕事の助手をするなど、早くから高い評価を得ていきました。本展では、都会生活の哀感を繊細な線描によって生み出した詩情豊かな小品群を紹介いたします。深い森や澄んだ空、親友や恋人との語らいといった、ささやかな充足感から生まれた作品群のなかに、野田独自の穏やかな世界を見ることができるでしょう。
この展覧会では、同じ時代を生きた3人の画家の素描群を中心に展観するものです。壁画や大作に至るまえの制作過程、あるいは画稿、クロッキーのんかにこそ表出した彼らの心象風景を、それぞれの描線や色彩のなかに読み取ることもあるかもしれません。その空間に、現代を生きる私たち自身の「哀愁」を重ね、かれらの作品群を新たに捉えなおしてみる機会ともなれば幸いです。